ミンツバーグの戦略論

ヘンリー・ミンツバーグの「戦略サファリ」

 ミンツバーグらは、『戦略サファリ(Strategy Safari)』(2008年)において、経営戦略の研究を10の学派に分類している。

 マネジメントが狙って組織の成果を最大化させるための仕組みとして戦略論を捉え、経営学の歴史において提唱されてきた戦略論を10の学派に分類し、それぞれの特徴を検証していく構成となっています。サファリパークのように概観を掴む形で回っていく仕立てであることから「戦略サファリ」というタイトルになったようです。

 「マネジメントが成果を成すにはサイエンス・アート・クラフトの三要素のバランスが大事である」というミンツバーグのマネジメント理論に忠実に、地に足の着いた理論を構築しようという氏の強い意志が垣間見える構成です。

 

学派毎の概観

・デザインスクール:

コンセプト構想プロセスに重きを置く戦略で、戦略論はトップマネジメントが打ち出すものとするスタンスです。SWOT分析などがこの学派です。

 

・プランニング・スクール:

形式的策定に重きを置く戦略で、経営企画部門などが描いた計画偏重でマネジメントしていくスタンスです。アンゾフの「企業戦略論」などが代表例で、ミンツバーグ自身はこの学派を非常に蔑視していることが伺えます。

 

・ポジショニング・スクール:

分析に重きを置く戦略で、過去のデータや経験から「勝てるフィールドを抽出し特化する」というスタンスです。ポーターの「競争の戦略」などがこの学派で所謂、経営戦略論として日本でイメージされるのがこの学派です。

 

・アントレプレナー・スクール:

ビジョン創造プロセスに重きを置く戦略で、企業家精神・市場機会の追求が戦略の要であるというスタンスです。「イノベーションと企業家精神」や「ビジョナリー・カンパニー」などがこの学派の代表文献です。

 

・コグニティブ・スクール:

認知プロセスに重きを置く戦略で、経営学に心理学の視点を盛り込み、組織学習を戦略の要に据えるスタンスです。「学習する組織」がこの学派の代表文献です。

 

・ラーニング・スクール:

 創発的学習に重きを置く戦略で、市場機会や自社の取り組みに対して学習するサイクル・仕組みを高度に構築し、見出した示唆を戦略の要に据えるスタンスです。コア・コンピタンスの概念はこの学派に分類され、「知識創造企業」が代表文献です。

 

・パワー・スクール:

交渉に重きを置く戦略で、内部向けの社内営業・外部向けの戦略的提携やジョイントベンチャーなどの戦略オプションがこの学派に分類されます。

 

・カルチャー・スクール:

集合的プロセスに重きを置く戦略で、この学派から派生して「企業が抱える資源が競争優位の源泉・戦略オプション決定に寄与する」という、リソース・ベースト・ビューの概念が形成されました。

 

・エンバイロンメント・スクール:

環境適応に重きを置く戦略で、外部環境の分析を通じた市場最適化の柔軟性を戦略の要に据えるスタンスです。

不確実性の高い事業フェーズにおいて必ず取り込まないといけないとされる概念で、アジャイル開発などがこの学派の概念です。

 

・コンフィギュレーションスクール:

変革プロセスとしての戦略で、「長期的な時間軸では狙って組織は自己変革を促し、戦略を編みなおすべき」とする学派です。

ターンアラウンドやリエンジニアリングなどがこの学派に分類される概念で、他学派のアプローチを複数駆使する前提に立っているのが特徴です。

 

H.ミンツバーグ「クラフティング戦略(Crafting Strategy)」登場

 H.ミンツバーグが主張する「クラフティング戦略(Crafting Strategy)」とは、本来、M.ポーターが述べた「日本企業には戦略がない。オペレーショナルに過ぎない。明確なポジショニングを開発している日本企業は皆無に等しい」という指摘に対する疑問から始まっている。もしそうなら、ホンダにせよキッコーマンにせよ多くの日本企業が着実に米国市場で足場を固め、逆に米国企業が苦境に立たされてきたという現実を説明できない。

 こうした日本企業は、「策定された戦略と米国市場での不適合」を現場の創意工夫によって克服してきた。H.ミンツバーグはこうした日本企業の戦略を、「創発的戦略」と名づけた。さらに、こうした「創発的戦略」にも既述の通り、現場任せのアメーバ型経営に陥る危険性を内包している。こうして、環境の変化・現場での学習と創意工夫・学習効果の全社的組織化とがうまく擦りあわされた戦略としての、H.ミンツバーグの「クラフティング戦略(Crafting Strategy)」が煮詰められてきたといえる。

 

H.ミンツバーグの「クラフティング戦略(Crafting Strategy)」の本質
 戦略論のキーワードのひとつである企業の「競争優位の源泉」を明らかにする場合、M.ポーターにせよ、J.バーニーにせよ、5つの競争要因の分析手法やVRIOフレームワークによる分析手法は、静態的ではあっても、それなりの有効性を保持しているといえる。それでは、「クラフティング戦略(Crafting Strategy)」の観点から「競争優位の源泉」を明らかにする場合、その分析上のフレームワークをどのように理解すればいいのだろうか。
 H.ミンツバーグ戦略論が指摘しているのは、分析手法ではなく、むしろ組織設計上の戦略的重要性である。すなわち、環境のダイナミックな変化に適合する最適戦略を策定するためには、それを可能にする組織的メカニズム、換言すれば、常に創意工夫し、学習し、自らソリューションを創造していく創造型組織設計が不可避となる。そのためには、トップ・ミドルのみならず構成員全員がエンパワメントされている知識共創型の組織デザインが前提となる。それでは、それはどのような組織デザインなのか? その答えは? 「それぐらいは自分で考えてよ!」、というのがH.ミンツバーグの論旨である。

 

 戦略論の大家であるヘンリー・ミンツバーグは、1987年、「戦略の5つのP」という概念を『カリフォルニア・マネージメント・レビュー』に発表している。

 「戦略とは何か」という議論に対して、5つの定義を提示した。

(1) 計画(プラン)としての戦略  

 目標達成のための行動のコースや指針

(2) 策略(ブロイ)としての戦略  

 競合相手を出し抜く方法

(3) 起動(パターン)としての戦略  

 戦略的意思決定におけるパターン

(4) 位置(ポジション)としての戦略  

 競争環境における自社の位置づけ

(5) 考え方(パースペクティブ)としての戦略  

 企業のビジョンや構想   

 この5つの P でいう経営戦略とは、企業の環境がもたらす機会と脅威に対応して、自社の経営資源の強みと弱みを見据えて、必要な経営資源獲得・蓄積し、それらを適切に活用していく企業行動のための構想です。

 起業して組織を作る立場になったとき、どういう風に組織をつくりますか? そのようなな時の助けになる理論が「組織を構成する5つの基本パーツ」というフレームワークです。ミンツバークは、「どの組織にも5つのパーツがある」ということを『The Structuring of Organization 』という著作で指摘しております。

1 テクニカルコア

テクニカルコアとは、実際に製品やサービスを生産したり、販売したり等、組織の基礎的な作業を行う部門です。この部門が、組織と外部環境とのつなぎ目にあり、組織が持つリソースを製品やサービスに変換し、キャッシュを生む現場です。製造会社の生産部門、大学の教師とクラス、病院の医療活動などが含まれます。

2 テクニカルサポート

 テクニカルサポートとは、文字通り、テクニカルコアの機能が環境に適応する手助けをする部門のことです。研究開発やマーケティング部門がテクニカルサポートに当たります。テクニカルサポートに所属する技術者や研究者は、問題やチャンスがないか、外部環境に目を配ります。そのため、組織の変革や環境への適応の責務を担う部門であるということが言えます。

3 経営サポート

 経営サポートは、円滑な事業運営と物理的な要素や人的要素等の維持を担当する部門です。人事部や総務が経営サポートに当たります。雇用な報酬や手当ての決定、教育訓練等、ビルの契約や使用する機械の修理等の保守管理活動を行い、組織全体をサポートします、

4 トップ・マネジメント

 トップ・マネジメントは、組織全体あるいはほかの主要な部門に方向、戦略、目標、方針を与える部門です。組織全体に指示を与え、調整する責務を負います。また、株主とのつなぎ役という役目も負います。組織を運営するための資金調達をすることもトップ・マネジメントの責務です。

5ミドル・マネジメント

 ミドル・マネジメントは、事業部門での、戦略や目標、方針の実行の調整の責務を負います。伝統的な組織では、ミドル・マネージャーがトップ・マネジメントとテクニカルコアの橋渡し役として、規則の実施、情報伝達の責務を負います。また、ミドル・マネジメントは、テクニカルコアが円滑に運営できるようテクニカルサポートや経営サポートとの調整を行ったりもします。

 

 ミンツバーグは、リーダーシップとマネジメントについては分離して考えていない。一方、今後のマネジメントのあり方に関してはマネージャーが戦略を考え、部下に行動させる、というピラミッド組織の上に君臨するマネジメント手法を「ヒーロー型マネジメント」、皆で夢をみて、皆で行動する、というマネジメント手法を「関与型マネジメント」と提示した。優れたマネジメントの行動を検証し、関与型マネジメントのあり方を提唱している。

ヒーロー型マネジメント

関与型マネジメント

1 マネジャーは偉い人で、製品開発や顧客サービスに携わる人たちとは別世界の住人である。

1 マネジャーに求められるのは、製品開発や顧客サービスに携わる人たちをサポートすることである。

2 マネジャーは「上」に行けば行くほど偉くなる。「トップ」に座るCEOは会社そのものである。

2 有能なリーダーは、ピラミッド型組織のてっぺんに腰掛けているのではなく、ネットワーク型組織のあちこちで活動する。

3 明快で大胆な戦略は、ドラマティックな行動を取るCEOの熟慮により生まれ、トップダウンで指示される。下々の人間は、言われた通りにその戦略を「実行」するだけ。

3 戦略は、ネットワークの中から生まれる。人々が積極的に参加し、小さな問題を解決することを通じて、大きなことが成し遂げられる。

4 戦略を実行に移すのは簡単でない。CEOは変化を推進するつもりでも、大半の従業員は変化を拒む為、インサイダーよりアウトサイダーを重用する必要がある。

4 戦略を実行するのは簡単でない。戦略の実行は、戦略の策定と切り離せないからである。よって、上層部やアウトサイダーの押しつける不適切な変革案をはねつけるために、献身的なインサイダーの存在が欠かせない。

5 マネジメントの仕事は、意思決定と資源(人的資源を含む)の分配。したがって、マネジメントとは、報告書のデータをもとに分析や計算をおこなうことである。

5 マネジメントの仕事は、スタッフのポジティブなエネルギーを引き出すこと。したがってマネジメントとは、文脈に根ざした判断をおこない、人々を引っぱり込むことである。

6 業績向上のご褒美は、リーダーが受け取る。重要なのは、数字で計れるものだ。

6 組織を改善したことによるご褒葵は、組織内のすべての人間に行き渡らなくてはならない。重要なのは、人間的価値。その多くは、数字で計算できない。

7 リーダーシップは、自分の意思を他人に押しつけようとする人間が担う。

7 リーダーシップは、他人に敬意を払うことによって獲得する信頼である。

 ところで、マイケル・ポーターとヘンリー・ミンツバーグは、戦略論の考え方が異なっており、一般的に、「これまでの戦略論」VS「新たな戦略論」と言われることがあります。

 ポーターが提唱する戦略論は「ポジショニング理論」、ミンツバーグは「学習する組織による戦略論」を提唱しています。

 ミンツバーグは、ポーターのポジショニング理論に対して、柔軟性を損ね、組織の視野を狭めてしまうという意見を発しています。

 ミンツバーグがポーターの考えを批判している点は、大きく4つあります。

1 戦略そのものの懸念

 ポジショニング理論では、確立されている戦略パターンから自社にとって有効な戦略を選択していくイメージに近くなります。ビジネスの場においては、確立された戦略パターンを採用するよりも、もっと柔軟に対応できる方が成功する可能性が高まるという考え方です。

2 定量データへの過度な期待

 ポジショニング理論では、分析対象となる企業のコストに関するデータや市場シェアなどの数値を分析することを基本としています。そのため、数値化しにくい質的な部分については、分析対象から除外されることもあります。この点において、定量化されたデータに集中してしまうことが懸念されています。

3 戦略策定プロセス

 ポジショニング理論では、外部環境対応を重視しているため、内部の経営資源を有効活用して主体的に外部環境に対して変化を与えるような戦略は考慮されません。そのため、新技術や新製品を用いて新市場を開拓するような場合は含まれていないことになります。

4 戦略の新規性

 戦略策定プロセスは、机上で得られる数値情報をもとに分析していますが、確立された市場を前提としているため、新市場などを前提とした柔軟な戦略パターンは考慮されていない。

 これらから、ミンツバーグは、戦略策定を経営層が考え、その決まった戦略に従って現場の組織が対応するというプロセスは硬直的だと主張しています。

 ミンツバーグは、ポーターの考えに対し、学習を通じて柔軟に戦略を変化させていくことが重要と言っています。

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