経営に反省

四正道は経営者のための教えでもある

「幸福の科学は、四正道として、「愛・知・反省・発展」を唱えていますが、これは、見方を変えれば、全部経営者のための教えのようなところがあります。

 まず、「愛」の教えについてはどうでしょうか。これは、「お客様第一」「お客様のため」「サービス第一」ということでしよう。お客様のことを考えて仕事をするのが「愛」です。

 「知」のところは何でしょうか。これは、例えばメーカーであれば、高品質、高い技術力、新しい知識、こういうものをどんどんつくり出していくこと、生み出していくことでしょう。

 知識もあれば、そこから出てくる智慧もありましょう。新しい専門的な知識、高度な知識、つくったり運営したりするノウハウの智慧です。この「知」が必要です。

 反省とは何でしょうか。経営をしていると、失敗はたくさんあるでしょう。ここのところを一個一個反省しなければ駄目なのです。

 経営者であろうと、そうでない人であろうと、同じなのですが、駄目なひとは、全て人のせいにします。「政府が悪い」「この業界が悪い」「外国の どこそこが悪い」「新しくライバルとして出た どこそこが悪い」などと、全て人のせいにするのです。

 こういうところは潰れるところです。個人でも こういう人は潰れるのですが、企業としても潰れます。

 こういうところは、人のせいにしたり、環境のせいにしたりします。デフレになったらデフレのせいにし、インフレになったらインフレのせいにし、インフレもデフレも起きない横這いの状態だったら、そのせいにし、自分の責任など何もないことにするのです。

 しかし、同じような状況にあっても、あるところは繁栄し、別なところは衰退しているのですから、何か理由があるはずです。

 したがって、「反省」がない企業には、「発展」の可能性はないのです。

 どの会社にも欠点は絶対にあります。欠点のない企業などありません。その欠点を埋め合わせる長所の部分があるから、もっているのです。欠点と長所がトントンであるか、あるいは長所のほうが多いから、もっているわけです。

 しかし、もう一度、伸びていきたければ、やはり、欠点を反省しなければいけません。

 「自社の欠点は何であるか」ということを、自分の目で観ます。さらに、お客さんの目でもって観ます。「お客さんはどう判定しているのか」ということを観るのです。

 自分のところのものが売れなくなったとき、「デフレでお客さんの収入が減ったからだろう」と思うかもしれません。ただ、同業者は全国一律に売り上げが減っているかと言えば、そんなことはないでしょう。

 収入が減っても、人々は、必要なものは買い続けます。買わないわけはありません。家も必要ですし、食べ物も必要ですし、切るものも必要です。必要なものは買い続けるのです。

 しかし、収入が減れば、人々は、選別する目が厳しくなってきます。そのため、良くないものや値打ちのないものを買うのをやめます。値打ちのあるものを売っているところへ買いに行き、少しでも得なものを買います。それだけのことです。

 人のせいにするのであれば、同業種が全部潰れてからにするべきです。

 ある店が潰れたとしても、それを「不況のせいだ」と言えるかというと、そんなことはありません。伸びている店もあります。あるスーパーが潰れたとします。「不況のせいだ」と言うかもしれませんが、そうではありません。よそがしっかりと伸びているから潰れているのです。

これを知るということは厳しいことです。今まで自分の会社を愛していたし、うぬぼれていたし、天狗になっていたでしょう。それで経営者は気分がよかったはずです。そのため、「自分のところが悪い」とか、「欠点がある」とか、「失敗した」とかいうことを認めるのは辛いことです。

 しかし、それをやらない限り、生きていくことはできません。座して死を待つのみです。

 したがって、反省の教えというものは、特に経営においても非常に大事なのです。」(社長学入門』P-229234)

 経営者であろうと、そうでない人であろうと、駄目な人はすべて人のせいにする。

 反省がない企業には発展の可能性はない。

 反省の教えは、経営においても非常に大事である。

 「智慧」とは、本来仏教用語で釈尊が悟りを開いたときに得たものです。

 智慧を得ることは人生の目的であるわけですが、経営者も同様です。智慧とは悩みを解決する力であり、経営において厳しい局面に立たされたときに、事態を打開していく力となります。したがって、幸福の科学では、経営においても、悟りを開いて智慧を得ていく必要があるという立場に立ちます。経営の世界も悟りの世界に似て、次々と悟りを重ねていかなければならないのです。

 智慧を得るためには、知識や経験を重ねていく必要がありますが、宗教的なアプローチとしては「反省」という方法があります。

 

反省の効果

 智慧を獲得することによって、感情をコントロール出切るになり、心の平安を得ることができます。心の統御が出来るということは、心の自由性を増すことでもあり、幸福感の増大につながるのです。

 販売不振や資金繰りの悩みなど、経営者には心が揺れる機会はいくらでもあります。それだけに、人一倍心を統御する力が必要となります。その都度、心を曇らせて落ち込んだり、社員に八つ当たりしていては仕事になりません。反省を通して智慧を獲得することで、心を自由にコントロールすることは、常に冷静な経営判断をする上で重要です。

 

 反省のもう一つの効果は、常勝経営につながるということです。

 経営成功学でいう成功は、一度の失敗もしないし、完全無欠の経営ではありません。たとえ失敗したとしても、致命傷とはならず、教訓をつかんで次の成長につなげていけば、結果的に常勝経営に近づいていくという考えです。

 これは、幸福の科学の代表的な成功理論である「常勝思考」の考え方です。

 

反省の習慣の大切さ

 「深い智慧を得る方法」には宗教的アプローチが必要になります。「反省」「瞑想」「祈り」です。

「経営者は反省をしなければいけません。「あの客はどうして来なくなったのだろう」と、反省に反省を重ねることが大事です。反省から智慧が生まれて、発展が始まるのです。

 反省をしている経営者は立派です。一般的に、経営者は天狗になってしまうことが多く、胸を張って威張っている人が少なくありません。基本的に反省ができないか、反省したくない人たちなのです。そういう人が経営者になり、従業員を使って威張っていることが多いわけです。

 したがって、経営者に反省を勧めても、そう簡単には反省しません。威張っていたり、うぬぼれていたりするからです。「宗教家は偉いかもしれないが、金儲けの力は おれのほうが上だ」などと思っています。そのうぬぼれをかち割るのは大変です。

 特に、社長族というのは、極めて反省をしない種族と言えます。従業員が十人もいたら、もう反省しなくなります。自分を特殊な人間だと思って、威張っているのですが、それでは駄目なのです。社業を発展させたければ、反省をしてください。よく反省をし、改善をしようとする経営者のところは発展します。」(『智慧の経営』P-88~89)

 経営に失敗はつきものです。しかし、失敗しても その原因が分からなければ、同じ過ちを繰り返すことになります。逆に、失敗した理由を明らかにし、反省を経て考え方や行動を改めることが出来れば、二度と同じ過ちを繰り返すことはなくなります。経営成功学で目指す「成功」とは、一度も失敗しないと言う意味ではなく、一度の失敗では致命傷を負わず、反省をして、同じ失敗を繰り返さず、経営における勝率を高めていくことを意味します。

経営者にとって反省の習慣は必須

 失敗が避けられないのであれば、反省の習慣が経営者には必須となる。

「よく自分を振り返って、反省し、研究している人は、ちょうど何度も復習を繰り返している子供と一緒で、学力がついてくるのです。ですから、反省というのは非常に大事なことです。よき経営者は、牛が草を食べて胃袋で何回も戻して反芻して消化をよくしていくように、反芻能力が高いのです。

 個人として人生の反省というものもありますが、経営のレベルでは、ある程度理性的に反省する必要があります。社長と言っても、一つの共同体としての機関で見た場合、その頭脳部分としての仕事があるわけです。ですから、間違ったところや、あるいは成功の原因などを、理性的に反省してみる必要があります。この反省は、点検という言葉に置き換えてもよいかもしれません。そして、別の機会で教訓として生かせないかどうかを冷静になって考えてみるのです。」(「『経営診断』考案(2)講義」2000.6.22)

 

 反省を習慣化することで事実上の常勝経営を実現した人物に松下幸之助がいます。

 反省の習慣について、次のように述べています。

 「誰でもそうやけど、反省する人はきっと成功するな。本当に正しく反省する。そうすると、次に何をなすべきか、何をしたらいかんか、ということがきちんとわかるからな。それで成長していくわけや、人間として」

 松下幸之助は、一日の終わり、布団に入って寝る前の一時間はその子の反省に当てよ、とよく言っていた。

 何をしても反省せず、あれは良かったのか、悪かったのか思いもしないということでは、せっかくの体験が体験にならない。その味をかみしめる。それが体験である。

 一つひとつの出来事に考えをめぐらし、自分の大切な蓄積としていかなければ、また同じことを繰り返す。同じ間違いを繰り返していられるほど、人生は長くない。成功への道は近くない。愚かなのは、間違ったことそのものではなく、同じ間違いを繰り返すことである。

 よいことは覚えておいて、もう一度それをやったらよい。間違いはもう繰り返さない。そこに人間の成長がある。

 発展する会社の社長は、みな反省ができる人です。

 「自分の会社のコストダウンをどうしていくか」あるいは「新規事業、新しい付加価値を生み出すものは何なのか」「自分の会社の使命は何か」ということを考えつつ、自社もしくは自分自身の欠点を、「自分の目」「社員の目」「お客様の目」の3つの視点で見ていただきたいのです。

 まったく欠点がないという場合は大発展しているはずです。しかし、発展がそれほどでもないのなら、反省の余地が絶対にあるはずです。反省するポイントが思いつかない場合、何か大切なものを見落としているということになります。

 「反省なければ発展なし」ということは、裏返せば、「反省できれば発展する」ということです。そのように積極的に考えていただきたいと思います。

 一日を省みることは、誰にでも出来る いたって平凡なことだともいえるだろう。だが、毎日、一日も欠かさずということになると、はたして誰にでも出来ることだろうか。平凡なことも、積み重ねによって非凡なものになっていく。

 今日一日を振り返ってみると、反省すべきことがいくらでもある。その反省に徹したとき、あらゆる面に革新が生まれてくる。

 成功も失敗も、全て次なる成功の種にしていけば、最終的な負けはなくなっていく。反省からの発展によって、経営の勝率を上げていくのです。

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