成功の元手

 事業を始めるには、まず「お金」という元手が必要だが、その何分の1かは自己資金でなければいけない。

 お金のありがたみを知らない人は、事業を起こしても成功しない。

 成功の元手としては、「知識」も大事である。

 重要な情報、役に立つ情報を貪欲に集め、一つでも多く知っておかなければならない。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『繁栄の法』で以下のように説かれました。

「事業を始めるには資金が要ります。「お金」という元手が必要なのです。
 その元手は全部が他人の資金ではだめです。何分の一かは自己資金でなければいけません。自分で努力して、多少なりともお金をためるべきです。
 脱サラをして成功する人は、たいていの場合、自分自身で個人的にお金をつくった経験のある人です。
 最初から借金に依存して会社を始める人は、あまり成功しません。それで成功するのであれば、だれでもそうするでしょう。お金のありがたみを知らない人は、事業を起こしても成功しないのです。
 「努力して働き、お金を稼いで、その一部を貯金したことがあるかどうか。そして、その貯金が毎年増えているかどうか」という簡単なことが、事業の成功を判断する一つの基準です。
 「自分で働いて稼いだお金の一部を貯金している。しかも、それが毎年増えている」という人は、事業を始めても成功する可能性が高いのですが、お金が入る前にカードで買い物をするような借金先行型の人は、事業で成功することは難しいでしょう。
 こういう人は、まず貯蓄の習慣をつけることが必要です。自己資金をつくり出せる精神傾向がなければ、事業を始めてもなかなか成功はできません。
 成功するための元手として、「知識」も大事です。すでに「読書の習慣が大切だ」と述べましたが、「知っている」というのは非常に大きなことなのです。
 二十一世紀には、農耕社会や工業社会にかわって情報社会が到来することは間違いありません。知識がこれまで以上に大きな力を持つ時代が来るのです。
 現在では、百科事典を個人で所有することはそれほど難しくないので、持っている人も多いでしょう。百科事典を読めば、百年前のどのような天才が考えたことよりも優れた事柄がたくさん書いてあります。かつての天才たちでもたどりつけなかった知識がずらりと並んでいるのです。現代とはそういう時代です。
 そして、今後は知識が仕事をする時代が来ます。よく肥えた田畑が豊かな作物を生み出すように、知識そのものが田畑になり、その知識の田畑から作物がとれる時代が来るのです。
 知識は非常に大切な元手であり、重要な情報、役に立つ情報は一つでも多く知っておかなければなりません。有害な情報をたくさん持っていてもだめですが、仕事に役立つ情報や知識は貪欲に集めていく必要があります。
 経営判断においては、知識がないとなかなか分からない部分があり、知っていれば失敗しないですむのに、知らなければ素人判断をして失敗することがあるのです。
 しかし、自分が失敗するようなことは、すでに他人が経験ずみであることも多く、それをあらかじめ学んでおけば、失敗せずにすみます。これは非常に大事なことです。」

 

報酬を伴うこと

 よい仕事をしたならば、それに見合った報酬が伴い、喜びが与えられるのは、人類の文明の智慧であり、これによって人間は営々と働き続けることができる。

 また、報酬を頂けるからこそ、仕事には厳しさが求められるという面もある。

 これは、営利企業に限らず、公益目的の組織においても同様であり、その内容をよくするためには、お金を頂くことを通して経済的な法則を働かせることが必要な面もある。

 有料であるということは必ずしも悪いことではない。

 総裁は、『経営入門』で以下のように説かれました。

「報酬が伴う仕事より、報酬が伴わない仕事のほうが、一見、立派なように見えるかもしれません。特に、宗教的な考え方をする人には、報酬が伴わない仕事のほうが尊いように思えるでしょう。
 しかし、世の中の人々は、仏道修行に生きているような人ばかりではないので、すべての人を働かせるためには、やはり報酬が伴うことが大事なのです。
 よい仕事をしたならば、それに見合った報酬が伴い、喜びが与えられるようになっています。これは人類の智慧、文明の智慧であり、これによって、人間が営々と働き続けることができるように仕組まれているのです。これは実にありがたいことです。
 ただ、私は、報酬を単に喜びと捉えるだけではなく、むしろ、「報酬を頂けるからこそ、仕事は厳しいのだ」とも考えるべきだと思うのです。報酬をもらわなくてよいのならば、そこに仕事の厳しさはありません。
 「私は一円も頂きませんので、どうぞやらせてください」ということならば、その仕事の出来が悪くても、無料なので文句をつけることはできません。「ただほど高いものはない」という言葉もあるとおり、報酬が伴わないと、本当によい仕事はできないのです。
 「報酬が伴うことは喜びではあるが、同時に、それによって仕事に厳しさが求められる」ということを知ってください。
 これは営利企業に限ったことではありません。例えば、公益を目的として活動している組織においても、仕事と報酬の関係は当てはまります。
 そういう組織が行事を開催するときに、参加費を集めることがあります。それに対して、「公益を目的とした活動なのだから、すべて無料にすべきである」という考え方をする人もいるかもしれません。
 しかし、お金をもらうことで、それだけ、仕事に厳しさが求められるのです。
 お金を出してでも行事に参加する人というのは、内容が悪ければ来なくなります。無料のときは、多少、内容が悪くても、暇のある人は来るかもしれませんが、自分でお金を出すとなると、払うお金に見合った値打ちがあると思わなければ来ません。人間は、自分がよいと思わないものに対して、金銭を出そうとはしないものです。
 したがって、このような、公益を目的とした組織においても、各種の行事の内容をよくするためには、お金を頂くことを通して、そういう経済的な法則を働かせることが必要な面もあるのです。
 「お金を頂く」ということは、下品なことでも商業的なことでもなく、「それだけ高度な仕事を要求される」ということです。自分に対しても、厳しい試練、修行を要求されるのです。
 人間は無駄なもののためにはお金を使いません。しかし、それはありがたいことでもあります。有料であるということは、必ずしも悪いことではないのです。
 結局、仕事になぜ報酬が伴うのかといえば、仕事は本来、有用な活動だからです。人々の要求を満たす仕事であるからこそ、報酬を伴うのです。」
(55~58ページ)

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