人材について考える

 「人は石垣、人は城」という故事成語があります。人材マネジメントの本質を語るとき よく使われる名言ですが、戦国時代の名武将「武田信玄」の言葉です。

 「人は石垣や城と同じくらい、戦いの勝敗を決する場面において重要である」 

 信玄は、他の武将と異なり、堅牢な城を持ちませんでした。立派な城を築くよりも、強い武士を育てることに重きを置いたのです。

 また、「人、物、金、情報」という経営資源のなかで最も成長する可能性があるのは「人」です。経営トップには時間に耐えながら人材を育成していくことが求められるのです。

 幸福の科学大川隆法総裁は、以下のように説かれました。

「あなたが経営者である以上、絶対に逃れられないのが「人事の責任」です。
 「人材を、どのように採用し、どのように教育するか。どのように抜擢、登用し、配置するか。どのような組織構造をつくり上げるか」ということは、まさに、あなた一人にかかっているのです。
 したがって、まず、あなたが考えている事業の構想というものを明確にして、「その事業を実現するために必要な人材は誰なのか。誰を抜擢するか。役員や部長、課長など、どの位置に誰を就けるか。人事を好き嫌いでやっていないか」、「適材適所となっているか。その人の長所に合わせた使い方になっているか。その人の短所をできるだけミニマイズ(最小化)するような、人の組み合わせができているか。自分が『使いたい』と思う人の長所を生かし切るために、その人の短所を補うような人との上下の組み合わせ、あるいはチームができているか」などということに、常に目を配らなければなりません。」
(『経営と人望力』)

「人材というものは、その会社の発展段階に合わせた人が最もふさわしいのです。
 五人や十人の小さな企業のときには、あまり優秀な人が来ても、その人にふさわしい仕事がありません。そのため、能力を発揮する場がなく、その人にとってもトップにとっても不幸なことになります。
 ある程度の大きさまで行くと、さらに発展するために、もう少し上のレベルの人材が欲しくなってきます。そのときに、しかるべき人を採ることができなければ、そこで発展は止まります。
 会社が大きくなっていく過程では、「人材の落ちこぼれへの対処」と、「新しい人材の発掘」という作業が、トップにとっては非常に大事な仕事になるのです。」
(『経営入門』)

 経営者は、「人材」を最も成長する資源として認識し、適材適所を見極め、時間に耐えながら育成することが大切です。
 大川隆法総裁は、「三国志」の時代の曹操を、才能がある人を求めたがゆえに人材が厚く、組織戦に強かったと述べて、曹操を「三国志」の真の英雄であると評しています。「人材」をいかに活用するかは、まさに経営者の才覚一つにかかっています。

「ある時点で、「いちばんよい」と思ったアイデアと、「まったく駄目だ」と思ったアイデアがあったとしても、逆風が吹くと、評価が正反対になることもあります。人材の使い方も同じです。例えば、バブル期に優秀な人材だった人が、バブル崩壊期にも優秀かというと、たいていは駄目になります。
 ところが、バブル期には、異端の人材で、「反対ばかりしていて役に立たないから、どこかに引っ込めておけ」と言われ、隅のほうに追いやられていた人が、バブル崩壊期になって登用されると、よく仕事ができたりします。
 人材の登用においても、「考え方を変えていく」ということは非常に大事です。
 したがって、常に、新しい情報を得なくてはいけませんし、そのためには、やはり、気持ちが若くなければいけません。気持ちが若くないと、柔軟性がなくなるため、いくら情報が入ってきてもまったく反応しなくなるのです。」
(『未来創造のマネジメント』)

「不況期には、「経営体質」を強化することも非常に大事です。
 人材について、“社内失業”をしている人とそうでない人とを見わけなくてはなりません。この時期に、「ほんとうに大事な人はだれなのか。ほんとうに稼いでいる人はだれなのか」ということを見きわめていく必要があるのです。それから、人材への投資、教育も大事です。いったん景気がよくなると、社業がどんどん拡張していくので、それに備えて、しっかりと社員教育をしておく必要があります。その時点ですぐに収益にはつながらなくても、社員によく勉強をさせて、将来のための蓄積をつくるのです。」
(『繁栄の法』)

「「経験がある」というような、今すぐ使える人は、やはり使いやすいので、そうした人は一定の数がいるのはよいとしても、人事担当者としては、「全員をそのタイプにしては駄目なのだ」と心掛けるべきです。今は即戦力ではなくても、五年後に使える人、十年後に使える人、二十年ぐらいしたら使える人もいるので、この区分けをしなければいけません。
 即戦力で使える人には、さまざまな資格を取っている人が多く、一般的には就職に有利です。
 ただ、「ポテンシャル(潜在能力)の読めない部分が、まだある」ということです。「ポテンシャルの部分」とは何かと言うと、一つには、「その人が、手先でできる仕事以外に、教養のために払う時間を持っているか。努力した形跡があるか」というようなところです。これをチェックするわけです。要するに、実学的なところをしなければいけないのは当然なのですが、実は、「自分づくり」をしたり、考えを巡らせていたりして、「教養」の部分に時間を割いたような人が、次に仕事の訓練をすると、管理職に化けていくのです。」
(『仕事ができるとはどういうことなのか』)

 

人という経営資源

 人を育てるのは時間がかかります。それも、経営担当者を育てるとなると、1年や2年ではなく、10年、20年という単位になります。その結果、「現在成果を上げていない人に対して給料を払い続けることは損ではないか」という発想に陥ることがあります。その場合、人が「資源」ではなく、「コスト」に見えてきます。しかし、人をコストと考えると、人を育てることができなくなります。

「人材を一つの資源であると考えていかなければ駄目です。いちばん成長する可能性のある経営資源とは何かというと、それは人なのです。人の成長がいちばん高いのです。

 例えば、今はお金を銀行に預けても、利息は零コンマ幾らです。そのくらいにしかなりません。今、お金の成長度は極めて低いのです。また、商売において、何かを売り買いしても、それによる利益も少ないのです。

 いちばん成長する可能性があるのは、やはり人です。「人の能力には伸びる可能性があるのだ」ということを知らなくてはならないのです。」(『未来創造のマネジメント』P-265-266)

 人・物・金が経営の基本要素だという考えがあります。しかし、この考えはどうやら胡散臭い。人は、物や金と等しく対置され、経営の手段の一つに過ぎないと考えてよいのでしょうか。

 経営は人のためにこそある。そして、人の能力が高ければ、物も金も自在に創造することが出来る。現代の経営は、研究開発力、マーケティング能力、品質・生産性の継続向上能力など、広汎な各種能力と これを統合する力を必要とします。これらは全て人の力によって生まれるものなのです。

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