学習する組織

 先行きが読めず、変化の激しいでは、知識やノウハウが陳腐化するのも早く、トップダウン型の組織で事業を成長させるのには限界があります。従来のようなマニュアルによる知識の伝達では不十分で、現場で働く人々が自ら学習し、知識やノウハウを身に着けていかなければ、社会の変化に対応できません。組織が学習できなければ、経営目標の未達に始まり、社員と経営陣の関係に亀裂が入ることで職場の風通しが悪くなるほか、慢性的な赤字体質に陥ることになるでしょう。

 

学習する組織とは

 学習する組織とは、組織として高いパフォーマンスを維持し、成長させるための概念で、変化の激しい現代社会でより発展するための成長戦略です。組織のメンバー一人ひとりが自発的に考えて行動するとともに、チームで相乗効果を発揮して大きな成果を上げられる組織のことを指します。

 学習する組織が提唱される前の企業組織は、社長をはじめとした一部の経営層が強力なリーダーシップを発揮するトップダウン型の組織が一般的でした。戦後の混乱した社会では、前向きなビジョンを掲げたリーダーが力強く組織が成長していたのです。

 しかし、情勢が安定し経済活動が円滑に行われるようになると、現場で働く人々主体的に学習し、かつ一致団結して相乗効果を生み出すことが必要です。単純作業の多い仕事であれば、リーダーの命令を素直に聞ける従業員が優秀と評価されますが、複雑で臨機応変な対応が求められる仕事であるほど現場の自主性が求められます。

 

自分や人を動かせる具体的なビジョンが変化の原動力となる

 学習する組織の求心力は、常にビジョンにあります。ビジョンは人や組織の成長の原動力となるからです。

 「ビジョン」とは、まだ現実にはないけれど、私たちの心の中に描くことができる未来の姿、憧憬です。将来自分や組織や社会がどのようになっていたいか、その「なりたい姿」がビジョンなのです。あなたは、7分後、7日後、そして7年後に どのような自分でありたいですか?

 例えば、7年後のビジョンを描いたとき、「○○のプロフェッショナルになりたい」「最高の○○をつくりたい」「○○を通じて人々に貢献したい」など、さまざまなビジョンがあるでしょう。ビジョンは できるだけ具体的に描くのがポイントです。その情景がリアルであればあるほど、原動力は強くなります。

 具体性の無いビジョンや単に現状の否定になっているビジョンでは、変化の原動力にはなりません。逆に言えば、よいビジョンとは、どれだけ自分や周囲の人を動かせるかによって決まってくるといえるでしょう。

 ビジョンは、行動することによって現実のものとなりえます。ビジョンを達成するために必要な行動は、必ずしも今できることの範囲とは限りません。むしろ、原動力となるようなビジョンは、しばしば今の自分の能力を超えるチャレンジを課すことになるでしょう。

 そこで重要なのが「キャパシティ・ビルディング」です。キャパシティとは「能力」です。頭脳や体力のみならず、実現のためのしくみなども含みます。そのキャパシティを「ビルド(構築)する」ことをキャパシティ・ビルディングといいます。自分のやりたいことが今できる以上のことをできるようになる原動力になって、自分の能力や意識を高める、それこそが学習を進める最大の源泉にほかなりません。

 なりたい姿と今の現実の間に生じるギャップは、緊張感を作り出し、自然の人間の欲求として このギャップを埋めようとする力が生じます。ギャップを縮めるには、2つの方法があり、まず一つは行動をすることによって現実を変え、なりたい姿に近づくこと。そしてもう一つは、なりたい姿を現実に近づけることです。なりたい姿というのは常に時間軸をどれくらい長く取るかとの兼ね合いでもありますから、短期的にはビジョンを こまぎれ にして、それらを積み重ねることで長期のビジョンに近づいていきます。

 ビジョンの力をうまく活用して緊張感を維持することによって、「クリエイティブ・テンション(創造的な緊張感)」という、きわめて高い創造性を生み出すことができます。現実にばかり引っ張られたり、現実から逃げようとしたりしていては、よいパフォーマンスは得られません。ビジョンによって方向付けされた、良質で適度な緊張感が自らの力を最大限に発揮してくれるといってよいでしょう。

参考

 

ビジョンの力を最大限発揮するためのマネジメント

 

 このクリエイティブ・テンションの対極にあるのが、「エモーショナル・テンション(感情的な緊張感)」です。エモーショナル・テンションは、クリエイティブ・テンション同様現実が理想どおりにない状況から生じますが、大きな違いは心理的な不安要因が しばしば外部からの脅威に敏感に反応してしまうことです。上司や組織からの強いコントロールはその典型です。ノルマの未達に対して懲罰的な制裁を課すなどのやり方は、緊張感を高めますが、クリエイティビティを大幅に損ねます。また、不正に走るなど、手段と目的を取り違える原因ともなります。

 学習する組織では、エモーショナル・テンションではなく、クリエイティブ・テンションを高めるためのマネジメントが重要になってきます。常に、自分のやりたいこと(ビジョン)とそのために修得すること(キャパシティ・ビルディング)を意識し、計画化して、振り返りを行います。なりたい自分に向かってたゆまなく研鑽することによって、パフォーマンスは高まり、目的を効果的に達成できるようになっていきます。そして、人は自らが学びたいことこそ、自発的に、かつ、効果的に学ぶのです。

 

 学習する組織をつくるための3つの柱のうち、組織開発の中核にあり、また将来に向けて望ましい変化へと向かう原動力となるのが「志を立てる力」です。

 「船をつくりたかったら、人に作業を割り振るのではなく、はてしなく続く広大な海を慕うことを教えよ。」 これは、フランスの作家、A・サン・テクジュペリの言葉ですが、共有ビジョンの重要性を端的に表わしています。

 共有ビジョンとは、組織のあらゆる人が共有する未来の姿です。「私たちは何を創るのか」、「私たちはどうありたいのか」という問いへ答えてくれます。

 効果的な共有ビジョンは、私たちの人生に感動と意味を与え、私たちのもてる力を超えて、今までで想像もしていなかったような大きな力を発揮させる原動力となります。

 1961年、アメリカのケネディ大統領は、「1960年代のうちに、人類を月に到達させる」という広大なビジョンを打ち出しました。当時アメリカがもっていた技術だけでは、月に人を送り込むのは夢物語でした。しかし、この夢のようなビジョンがあったからこそ、人々の大胆な行動を誘発し、NASAを初めとする各機関が次々と新たな技術開発を実現していきました。

 

企業の共有ビジョンに必要なこと

 企業の共有ビジョンのよしあしを決めるのは、どれだけ社員の心を動かし、行動を引き出すかにあります。フォード自動車のヘンリー・フォードは、車が金持ちのぜいたく品だった時代に、「すべての人に自動車を」というビジョンを立てました。松下電器(現パナソニック)の松下幸之助も、生活に必需の電気製品が水道の水のように日本にいきわたる「水道哲学」を打ち出します。また、アップルのスティーブ・ジョブズは、誰にでも使えるパーソナル・コンピューターを開発することで、コンピューターが「人々の力を引き出す」というビジョンを描き出しました。それぞれ、今ない未来の姿をビジョンとして表現し、社員の潜在的な力を引き出して社会を変えていった例であるといえるでしょう。

 フォードや松下のビジョンは古い例であり、モノが余り、ゴミの山があふれる今日の先進国社会では もはや魅力的なものではなくなっています。共有ビジョンは、それぞれの時代背景や社会ニーズとは切り離せません。単に、「一番になる」とか、自分たちが「成功する」というビジョンは、人々の潜在能力をどこまで引き出せるかという点ではごく限られた効果しか期待できません。

 

売上の規模や利益の規模がよいビジョンにならない理由

 特に、売上の規模や利益の規模を競うようなビジョンは、とても底の浅いものです。ピーター・ドラッカーは、企業にとって、カネは血液のようなものと説明しています。血液が体の中をめぐって、それぞれの細胞に栄養素や酸素を送るのと同じように、カネが企業の内外に循環しないと企業も経済がうまく働きません。ですが、利益を出し、利害関係者に適切に配分することは重要ですが、それはあくまでも企業活動を行うための必要条件に過ぎません。

 にもかかわらず、多くの企業は、利益やキャッシュフローを最大化し、または、その規模を競うことをビジョンや目的に取り入れています。残念ながら、このようなビジョンで人々を感動させたり、まして今までできなかったような高い潜在的を引き出すことは困難です。それは、人の生きるという営みにたとえると、「私は血液を最大限循環させるために生きている」とか、「私はただ息を吸い、食事をするために生きている」といっているのと同じようなものだからです。

 

 企業が「生きる」、つまり、今の社会の中でなぜ存在し、事業を行うことは一体何を意味するのでしょうか? それこそが、企業の経営者をはじめ組織で働く一人ひとりが考えるべき問いです。「私たちは何を創りだすのか?」「私たちはどうありたいのか」、それらの問いへの答えを考え、その意味を一緒に考えるプロセスが共有ビジョン構築のプロセスにほかなりません。ビジョン共有のプロセスなくしては、どのビジョンも実現しなかったことでしょう。ひとりの経営者や少数の経営チームがどんなにすばらしいビジョンを立てても、それが組織の中で共有されなければ、額縁の中に飾られた経営理念に過ぎなくなってしまいます。ビジョン共有のプロセスこそが学習する組織をつくる上でのもっとも重要なポイントになります。

 適切な共有ビジョン構築のプロセスを経ると、社員たちは、単に言葉としてビジョンを覚えるのではなく、そこから描き出される情景を自分のものとして細部まで頭の中に描き、その意味についても自分の言葉で語れるようになります。

 共有ビジョンがどれだけの違いを生み出すかの一つの例として、大きな寺院を作る職人たちの話があります。ある人が建築中の寺院に通りがかり、そこで石を切っている職人に「あなたは何をしているのですか?」と尋ねました。その職人は、「私は石切職人で、ここで石を切っているのです」と答えました。

 その先へ歩いていていくと、別の職人に出会いました。同じ質問をすると、その職人は「私は、ここに寺院を建てるようにいわれたので、その土台となる石を切っているのです」と答えました。

 さらに歩いていくと、また別の職人に会って、また同じ質問をします。その職人は、「私は、ここで永く人々の心に残り、語り継がれるような寺院を建てるために、その礎を築いているのです」と答えました。それぞれの職人の仕事の質の違いはいうまでもありません。

 3年後、5年後、10年後にどのような会社になるのか、そして社会の中でどのような存在になっているのか、共有ビジョンは社員たちが一緒になって描き出す未来の情景です。社員は、それぞれの理想を共有ビジョンに重ね合わせると同時に、社員それぞれのビジョンにも社会的な意義が加わります。仲間と思いを重ね、社会にどうのように役立つかの意味を自分なりに考えることで、それぞれの人のコミットメントが引き出し、自らの力を最大限に高めることができるのです。

 

学習する組織 3本の柱

 こうした視野の拡大や視座の転換を図るために組織と個人に求められる能力が、学習する組織の3本柱である(1)志の育成(自己マスタリーと共有ビジョン)、(2)複雑性の理解(システム思考)、(3)共創的な対話の展開(メンタル・モデルとチーム学習)です。

 学習する組織の実践において、組織学習の基本単位となるチームについて、3本柱をバランスよく伸ばします。そのために必要な組織の行動は、組織リーダーが経営理念として健全で結果を出せる組織に必要なビジョン、価値観、規範を打ち出し、浸透を図ること、

 マネジャー、リーダー、あるいは個々のメンバー が3本柱の能力を伸ばす具体的な手法やツールを学ぶこと、組織として、それらの手法を活用するための実践と練習の場を用意することです。

 ピーター・センゲらは、この3つの学習する組織を培うための「戦略の構造」と呼びました。

 

ピーター・センゲの「学習する組織」

 

 近年注目されているのが「組織開発」のアプローチです。組織開発とは、組織の健全性と有効性を高めるために組織プロセスに働きかけることです。40年以上の歴史の中で組織の特性や状況、時代の要請にあわせてさまざまなアプローチが提唱されてきました。

 数ある組織開発のアプローチの中でも、企業や国際機関の経営者にひときわ脚光を浴びたのがMIT上級講師のピーター・センゲが提唱した「学習する組織」です。学習する組織の特徴は、システム論、認知行動科学、組織論、動機付け・心理学、成人教育学、リーダーシップ論などの科学的知見をベースにしながら、実践からのアクション・ラーニングを重視し、個人と組織の学習能力を相互に発展させることによって、組織の健全性と有効性を高めることにあります。

 組織変革を目指すチェンジ・イニシアティブは、大企業での取り組みの調査を見ると大半が失敗に終わり、予定を終えることなく中止されています。多くの試みは、他のメンバーの抵抗や組織の中の壁にぶつかり潰えます。このような失敗の背景には、機械論的な組織の捉え方があることがしばしばです。組織を「リストラクチャリング」あるいは「リエンジニアリング」をしたり、チェンジを「ドライブ」したり、組織の中でうまくいかない人材や部署があれば、「改造」「修理」「交換」を行おうとします。こうした用語の一つ一つの背景には、組織や人は生産機械やその歯車のように無意識な前提が読み取れます。経営者や組織改革担当者が気づかずとも、現場の社員たちは自分たちの個性、知性、感性が省みられていないことは敏感に感じ取り、チェンジへの抵抗の大きな要因ともなっています。

組織観は「機械論」から「生命システム論」へ

 学習する組織における組織観では、組織も人も生命システムであり、また、組織内で起こる相互作用もあたかも生きているシステムかのような挙動を示すものと見ます。そして、そのことは、そこで介入をする経営者、担当者、あるいはコンサルタントも、そうしたシステムの一部と捉えています。介入する者が自らの立ち位置や振る舞いを自覚しなかったとしたら手ひどい抵抗にあうことでしょう。

 学習する組織は、機械論から生命システム論へ、要素還元からホールシステムへと見方を転換すること(あるいは両面から観ること)で、今までの効果を生まない自らの行動、思考、意識に気づき、より効果のある行動、思考、意識を共に創り出すことで効果を高めます。組織でしばしば観られる抵抗や壁ですが、個人や組織の学習機会を指し示すもの と捉え直すことで、自己やメンバーの学習を促したり、あるいは新たな関係性のもとに乗り越える入り口となることが少なくありません。

 「学習する組織」という理論は、クリス・アージリスとドナルド・シェーンが最初に提唱し、その後、ピーター・センゲが世に広めた理論となっています。

 概要としては、複雑性や変化が加速する世界において、組織はどのように適応しているかを研究した内容となっています。

 

学習する組織を構成する5つのディシプリン

 センゲは、「学習する組織」には、5つの基本的な構成要素があると提唱しています。

 この「学習する組織」の理論を自社に取り入れることによって、ホンダ、インテル、HP(ヒューレット・パッカード)、フォード、ナイキなどの数多くの企業で、飛躍的な成果を生み出してきました。

 5つの構成要素は、単独でバラバラに使い、成熟させていてもその効果は限定的となってしまいます。

 5つの構成要素を総合して取り入れることが、「学習する組織」において最も大事なこととなります。

1 システム思考

 システム思考は、学習する組織の根幹をなす概念で、5つのディシプリンの中で最も重要です。人間の活動や様々な事象を相互に関連したシステムとして捉える概念のことで、ものごとを単体として見るのではなく相互の関連や関係性に着目し、俯瞰的にものごとを捉えます。

 今の世の中はどんどん複雑化しており、因果関係が捉えにくくなっています。目の前の問題だけを解決しようとすることで、別の問題が起きたり、後になってより大きな問題が生じることも珍しくありません。問題の本質を捉え、個別最適ではなく全体最適を目指すのがシステム思考です。

 自分が置かれている場の構造が把握できれば、無意識のうちに拘束されていた力から開放されるだけでなく、その力を逆に利用することもできるでしょう。

2 自己実現(マスタリー)

 自己実現とは、組織を構成する個々人が自らの仕事や役割を創造的に広げていく取り組みのことです。また、自らを成長させるために継続的に学習することを指します。自己実現のレベルの高い人たちは、常に自己の能力を広げ、本当に探し求めている人生を想像し続けています。

 自己マスタリーには2つの活動が必要であり、その一つが自分にとって何が大事かをつねに明らかにし続けることです。もう一つが、今の現実の姿をもっとはっきり把握できるように学習しつづけることです。ビジョンを明確にし、それと現実の狭間でおきる「クリエイティブ・テンション(創造的な緊張関係)」に身をおき、学習を継続することが重要だとセンゲは指摘しています。

3 メンタルモデルの克服

 メンタルモデルとは、個人もしくは組織の根底にある固定化されたイメージやマインド、つまり「固定概念」のことです。「男だから、女だから、上司だから、部下だから・・・すべき」という偏った価値観のことで、無意識に私達の行動や意思決定に影響を与えています。

 日本企業は、長らく男性を優遇する雇用条件を守って組織であり、未だに女性の管理職の割合は先進国でもワーストです。それも、日本の組織に根強く残っている「メンタルモデル」がなしていると言えるでしょう。

 個人あるいは組織の変革や成長には、このメンタルモデルを認識することが重要になります。しかし、メンタルモデルは、心の奥深いところに存在するため、周囲はもちろん本人でさえも認識できないことが多々あります。まずは、自分もしくは自分たちに「メンタルモデル」があることを理解した上で、内省と探求を繰り返しながら「どんなメンタルモデルを持っているか」を自覚しましょう。

4 共有ビジョン

 共有ビジョンとは、組織に所属する人々が目指すべき未来の理想像のことです。センゲは、著書の中で「本物のビジョンがあれば、人々は学び、力を発揮すると」書いています。

 従来の組織では、会社がビジョンを掲げ、従業員にそれを共有するのが当たり前でした。組織のビジョンが優先され、個人のビジョンは後回しだったのです。

 しかし、センゲは、「共有ビジョンは個人のビジョンから生じる」としています。個人のビジョンが明確にならなければ共有のビジョンは生まれないのです。共有ビジョンを築くためにも、個人のビジョンがなければいけません。

 組織は個人の集合体です。「学習する組織」とは、「学習個人の集まり」でなくてはいけません。そのためには、メンバーを組織のビジョンに服従させるのではなく、個人のビジョンを作り出すようにメンバーを励ますことが重要です。

5 チーム学習

 チームの強さというのは、単純にメンバーの能力を足し算するだけでは求められません。スポーツでも、スーパースターを集めたチームが必ずしも勝利するとは限らないことが歴史の中で証明されています。

 どんなに優秀な人材を集めたとしても、それぞれがチームとして力を合わせる意識を持たなければ、それぞれの実力を発揮できません。個人が学習するのに加え、チームとしての学習がなければ「学習する組織」は生まれないのです。

 チームによる学習に必要なのは「対話」です。対話を通しながら、メンバーがもっている多様なメンタルモデルを理解し、深めていくことが重要になります。時には意見をぶつけ合いディスカッションを繰り返しながら、真の意味での「学習する組織」が構築されていくのです。

 

学習する組織3つの「柱」

 学習する組織を構築する3本柱は、「志を立てる力」「複雑性の理解力」「共創的な対話力」です。

志を育む力

 「志を育む力」は、自らを動かす力です。個人、チーム、組織が、自分たちが本当に望むことを想い描き、その望むことに向かって自ら選んで変わっていく能力のことです。自らのありたい姿を憧憬し、その実現に向けて研鑽を続ける「自己マスタリー」を高め、組織で「共有ビジョン」を紡ぐことで、内発的な動機にあふれた個人がその「想い」を重ねた集団を創り出します。

複雑性を理解する力

 「複雑性を理解する力」とは、自らの理解とほかの人の理解を重ね合わせて、さまざまなつながりでつくられるシステムの全体像とその作用を意識し、理解する能力です。とりわけ、さまざまな利害関係者との絡みの中で、時間の経過と共に展開されるダイナミックな複雑性を理解する「システム思考」の修得が鍵を握ります。

共創的に会話する力

 「共創的に会話する力」とは、個人、チーム、組織に根強く存在する無意識の前提を振り返り、意識しながら共に創造的に考え、話し合う能力です。世界がどのようになっているかの意識・無意識の前提が「メンタル・モデル」です。また、メンタル・モデルを意識して、保留しながら話し合うことができることが、ダイアログなどの「チーム学習」には重要な要件となります。
 学習する組織の3つの力は 3本脚の椅子にたとえられます。どれか1本だけ長くても安定しません。ビジョンだけが強いと絵に描いた餅に陥りがちですし、考えてばかりで選択がなければ行動につながりません。どんなに気持ちのい対話をしていても、ビジョンや現実の複雑性の理解がなければ話しておしまいです。3つの力をバランスよく伸ばし、実践することが必要なのです。

 

変化の激しい時代に必須のコンピテンシー

 グローバル経済において、企業の平均寿命は意外と短いもので、世界ランキングに入るような大企業であっても、その多くは環境変化に脆弱です。その中にあって、学習する組織はほかの組織には見られない優れた特性を発揮して、長期に持続的な発展を遂げてきました。

 その秘訣は、3つの優れた組織特性にあるといえるでしょう。学習する組織は、外的環境の変化をいち早く察知し、自らを新しい環境に適応させる「適応性」に優れています。そして、強い衝撃もしなやかに受け止め、回復力に優れる「しなやかな強さ」を有します。そして、自ら学び、創造し、自らをデザインし、常に進化し続ける「自己組織化」ができるのです。

 変化が激しく、知識やノウハウが簡単に真似られる時代にあって、組織の学習スピードこそが、真に持続的な競争優位をつくると言われています。学習する組織は、そのような時代に、社会のニーズに応え、価値を創造し続けるための重要なモデルを提示するわけです。

 

学習する組織の事例

フォード社

 「学習する組織」はどのように実践されているのでしょうか。

 1991年に、ピーター・センゲ氏が著書『The Fifth Discipline』(邦訳『最強組織の法則』)で「学習する組織」の考え方を提唱した当時、「学習する組織」を実践している組織はまだ少数であり、パイロットの時期にありました。しかし、この本の影響を受けて、大手企業として初めて本格的に学習する組織を導入したのが自動車業界大手のフォード自動車です。

 フォード社は、1990年代以前、リンカーン・コンチネンタルという高級車が米国を代表する人気車種として売れていました。しかし、トヨタが北米市場にレクサスを投入したことで環境は一変します。1990年代には大きな経営危機に陥ってしまいます。1990年代までは、日本車は小型車、大型車は米国製やドイツ製が市場を席巻していました。しかし、レクサスはデザイン面、コスト面でもこれまでの大型車を凌駕するものとなっていました。これにより、フォード社は、新しいリンカーン・コンチネンタル車を開発することが大命題となりました。しかし、当時のフォード社の開発はプロジェクトの遅れが常態化し、開発費の予算オーバーにもつながっていました。そこで、当時のフォード社の経営層はシステム思考を社内ユニバーシティで学んでいたため、そのユニバーシティで教鞭をとっていたMITと共に、「学習する組織」の理論を現場に持ち込むことを考えました。「学習する組織」の導入は、3日間の集合研修において現時点でシステム思考が欠如していることを知り、「学習する組織」の5つの規律についての講義を受け、知識として必要なことを網羅します。ここから、知識を日々の業務に実際に活用、実践するための訓練が始まります。新車種開発プロジェクトのマネジメントチームが、実際に「学習する組織」を実践するのを支援するため、MITのファシリテーターが毎月1回行われるマネジメント会議に同席し、その後2時間「振り返り」の時間を設けました。この2時間の振り返りの時間で、研修で学んだ概念やツールを活用して、実際に浮上している組織課題についてグループで一緒に考えていきました。議論の結果、問題事象を構造化し、因果関係を究明すると、結局はエンジニアたちのある思い込みと部下の指導習慣が開発の遅れを悪化させているということに気づくことができました。問題点がハッキリした後は、マネジメントチーム中心に新しいマネジメント施策や開発プロセスのイノベーションが起こっていきました。マネジメントチームの人たちはさらに学習を重ね、オペレーション上も今までを遙かに凌駕するパフォーマンスを発揮しました。その結果、開発された新世代のリンカーン・コンチネンタルは、フォード社の優れた開発事例となりました。顧客満足と外部のデザイン評価が飛躍的に高まりました。その開発は、フォードとして初めて開発目標時期よりも前倒しで完成し、開発経費は予算よりも80億円少なく済みました。「学習する組織」による開発プログラムは、そのコストを遙かに上回る多くの成果を残した事例と言えます。

 「学習する組織」による開発プログラムは、そのコストを遙かに上回る多くの成果を残した事例と言えます。

 

ホンダ

 ホンダは、1958年にオートバイの海外進出先として米国市場に狙いを定めました。売上高の目標は米国市場の約1%に相当する6,000台/年としました。当時のホンダは、大型バイク(250cc以上)に強みを持っており、当時の米国市場での主流だった大型バイク市場に挑戦していきました。徐々に大型バイクは売れていきましたが、想定外のことも多く発生していました。米国人は、日本人に比べてバイクを高速かつ長距離運転するため、オイル漏れやクラッチの摩耗などが想定よりも早く進み、故障の原因となっていました。当時、現地スタッフの移動手段は50ccのスーパーカブを使っていました。それが現地で注目を集めることになったのです。大型バイク販売が難航していた際にスーパーカブの販売に踏み切ります。スーパーカブの売上は急増します。当時の米国市場において、燃費が良く、壊れにくい小型バイクが売れるとは誰にも想像ができていませんでした。このスーパーカブのヒットにより、米国市場でのホンダの信頼性が高まり、大型バイクにおいても米国製のシェアを逆転するに至っています。ホンダは、米国市場への進出の際に明確な戦略を練っていたわけではありません。目標台数として6,000台/年といった数字の設定はしていましたが、それらを達成するために、いつ、どのような施策を打つのか、といったことまでは考えられていなかったようです。それなのにホンダが米国市場で成功することができたのはなぜか? それは、ホンダの現地メンバーが「学習する組織」として動くことができていたからだと考えられています。現地メンバーが、当時まだ製品として売り出していなかったスーパーカブに米国人が注目していることを肌身で感じ取り、現地のバイヤーも注目していることを情報として掴んでいたことになります。その結果、現地で学んだことをベースに戦略を見直し、販売予定のなかったスーパーカブを販売する決断をします。このような市場の声を感じ取り、そこからニーズを学び取り、柔軟に施策を打てる組織であったと言えます。当時のホンダのように目標は立てていたものの、現地での現状を正確に把握できていない状況からすると、戦略策定は難しく、このように現地で学習しながら柔軟に対応していく方法が成功の要因だったと言えます。ホンダは予期せぬ機会から利益を生み出しました。

 このように、意図的戦略とは異なり、予期せぬ機会から生まれた戦略を創発的戦略といい、これも企業が成功を納めるためには非常に重要な要素となります。

 創発的戦略で成果が出せるのであれば、それを意図的戦略に変えていけばよく、柔軟に対応できる心構えや組織作りが重要となります。

 

ユナイテッドテクノロジー

 ハーネスなどの自動車部品や航空機のエンジンを作るメーカーのユナイテッドテクノロジー(UTC)社も、学習する組織で経営危機を乗り越えた一社です。

 1990年代、UTCは大口の顧客に「今のままでは取引先を変えざるを得ない」と言われたのです。それもそのはず、顧客が新車を開発する際の見積もりに50日もかかっていたのです。競合の日本企業が17日で見積もりを出したのと比べれば、取引先を変えたくなる気持ちも分かります。危機を感じた経営陣がまず着手したのは、「ビジネス・プロセス・リエンジニアリング」(BPR)という手法。仕事のプロセスを分析に基づき、ITシステムを導入し、新たなフローに従えば大幅に見積もりを改善できると考えたのです。しかし、実際に自分たちで行ったところ、見積もり期間は60日に伸び、外部のコンサルタントを雇ってみたところ70日にまで伸びたのです。BPRの学習する組織の全く逆の発送で、ITシステムによる新しいワークプロセスを導入することにより、人の働く楽しみや面白さを奪っていきます。コンピュータに仕事を指示されるようになった人間は、創造的な仕事は何一つできなくなり、システムの想定外が起きた時も自分たちで対応できません。その結果、BPRの8割は失敗に終わるとも言われています。困り果てた経営陣が頼ったのはフォードで学習する組織を導入したマネージャーでした。彼が行ったのは現場の担当者やマネージャーを集めて、みんなで輪になって話し合うことです。なぜ今のような問題が起きているのか、根本のメンタル・モデルはなにか話しあることで思考を深めていきます。問題の根本にきづいたチームは、見積もり期間を10日まで短縮することを目標にし、「10日間か、それとも廃業か」を合言葉に結束しました。ルールやコミュニケーションの仕方、情報共有の仕組みなどを大幅に見直し、学習する組織に基づいたプロセスで自らの手に見直しが進められていったのです。学習する組織のプログラムを導入した結果、見積もり結果は5日間にまで短縮することができました。その目覚ましい成果のおかげで、UTCは顧客との取引を維持し、危機を脱することができたのです。

 

 トップは、学習し続けることによって初めて企業を今と同じぐらいのレベルで維持することができる。

 そして、会社が大きくなれば、会社そのものを「学習する組織」に切り替えていかなくてはならない。

 神も仏もあるのに「進化する企業」以外は淘汰されるのは、厳しいけれども、愛のムチである。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『未来創造のマネジメント』で以下のように説かれました。

「厳しいことですが、人間には、どうしても、能力の面で、すぐに行き詰まってくるところがあります。そして、それ以上の仕事ができなくなるのです。
 今持っている知識と経験だけで仕事をしていると、すぐに、それを使い切ってしまい、新しいアイデアが何も思い浮かばなくなるため、次の手が打てません。
 したがって、トップは、創造し続けるために、学習し続けなくてはいけないのです。勉強し続けることによって初めて、企業を今と同じぐらいのレベルで維持することができます。また、ずっと勉強し続けているからこそ、新しい刺激が得られ、種やアイデアが涸れることなく、長く仕事ができる
わけです。
 そして、会社が大きくなれば、トップ一人が勉強するだけでは駄目で、会社そのものを、「学習する組織」に切り替えていかなくてはなりません。幹部や従業員にも、学習する習慣を身につけてもらわなくてはならないのです。それによって、一人ひとりの能力が上がり、全体の力も上がってくるわけです。
 一人ひとりの能力を上げずに会社だけが発展した場合、どうなるかというと、トップや幹部、従業員が、みな、落ちこぼれてしまいます。会社が発展しても、それまでと同じ実力を発揮するためには、やはり、学習を続け、力をつけていかなければなりません。それを肝に銘じておかないと、たちまち行き詰まってしまうのです。
 残念ですけれども、人間の頭の中身は、すぐに古くなります。古くなるのは、学校で勉強した知識だけではありません。自分の経験もまた古くなるのです。
 トップであれば、成功体験を非常に大事にしていると思います。それはそれで、よいことです。しかし、その成功体験も古くなります。「かつて、これで成功した」ということを、何度やっても、成功しなくなる時期が来るのです。
 不思議なのですが、ある業界のなかで、どこかがやって、うまくいったことは、すぐに、よそもできるようになります。研究され尽くし、どんどん進化していくため、同じことを何度もやっては駄目なのです。
 したがって、「進化する企業」以外は生き残れません。淘汰されます。弱肉強食と言えば、そのとおりですし、市場原理と言ってもよいのですが、厳しいけれども、淘汰されていきます。
 経営トップの慢心のツケは何かというと、淘汰されること、要するに、企業が潰れることなのです。しかし、神も仏もあるのです。神も仏もあって、潰れているのです。
 なぜ潰れているのでしょうか。悲しいことですが、役に立たなくなっているからです。厳しいけれども、これは愛のムチなのです。
 企業の“遺伝子”が時代から取り残されており、考え方がもう古くなっているのです。そのため、悲しいことに、新しいものに取って代わられるのです。
 それは、経営者自身にも言えることですし、幹部、重役にも言えることです。過去に手柄を立てた幹部であっても、すでに古くなっていることがあります。イノベーションができない人、自己変革ができない人は、どんどん古くなり、使えなくなっていくのです。」
(25~31ページ)

 会社の中で一番勉強しなくてはいけないのは社長自身である。新入社員や係長、課長より勉強しない社長がいたとすると、その会社は駄目になる。

 勿論、会社の中で一番忙しい人は誰かと言えば、それは社長である。地位が上がるにつれて、権限を持つようになり、責任も重くなる。そうすれば忙しくなるのも当然である。

 その忙しい人が勉強しないことには、企業は発展しない。取締役になったら、もう一定の地位を獲得したので、勉強しなくてよいというのでは駄目なのである。人間、どんなに地位が上がっても、勉強しないことには進歩はない。

 経営者自らが勉強し続ける姿勢を持ち、組織の遺伝子にしていくこと。企業の生き残りのためには必要なことである。

「どのような時代が来ようとも、学習する組織としての会社、あるいは学習する個人としての社長、すなわち、いつも学び続ける姿勢を取っている会社および社長は、生き延びる可能性が高いということは確実に言えるのです。

 したがって、自分の個人的な関心を超えて、できるだけ幅広い視野を持ち、これから近未来に起きそうなことや、他の業界、他の国で起きていることなどに関心を持つようにしてください。」(『未来創造のマネジメント』P-342)

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