事業をもう一段成長させるには

参考

大川隆法 未来への羅針盤 No.225

話としては大きくなりますが、基本的に、当会の教えとしては、「大きな志を持つこと」「情

熱を持つこと」、それからやはり、「行動力を持つこと」が中心になっています。

そして、大黒天になるためには、最初は、個人として率先垂範して、自分が人を引っ張っていくというかたちでやるしかないと思います。50人ぐらいまでの会社でしたら、ほとんどトップ一人の力でしょう。

それから先に行きますと、他の人を育てることを考えなければいけません。「自分の分身をどうやってつくるか」ということが大事です。

それぞれの人が幾つか持っている長所を、一つずつでもいいので生かして仕事をしてもらい、それぞれがバラバラにならないよう、チームをつくる必要があります。

つまり、最初はワンマン型でも、自分の分身をつくりながら、それをチームにしていくことができれば、もう一段大きな組織になっていきます。

 

 

不要不急のものは高く売れる

「どうすればお客様は買いたくなるのか」

しかし、もし、ご質問の趣旨が、「もう少し効率よく、利益を出していくにはどうしたらいいのか」ということでしたら、実は別の考え方があります。

これは少し言いにくい話ですが、要するに、利益率を上げるためには、不要不急のものは高く売れるという考え方をする必要があるのです。

生活必需品は原則として安くなっていきます。一方、不要不急の、なくても構わないものを売ることができれば、それは高くなる傾向があるので、その辺りを狙うことが大事だと思います。

あるいは、こういう考え方もあるということを知ってほしいと思います。

だいたい十万円以上の腕時計は「高級時計」と言われています。こうした十万円以上の時計は、日本では、年間五十万本ぐらいしか売れないそうなのです。つまり、五十万人ぐらいしか買わない時計ということです。

しかし、新聞を見ると、ときどき、高級ブランドの時計の広告が大きく出たりしています。新聞は何百万部単位で出ているものですが、見ている人のほとんどは、その時計の広告には

関係がないはずなのです。

関係がないのに、なぜ広告しているのか。それは、時計を買った人が、他の人から「あっ! 新聞で見たことがある」と言ってもらうためなのです。

高級時計を買う人は、広告がなくても知っています。「どこそこのブランド店で、こういういい時計が出ている」「他では売っていないこういう時計がある」とか、「日本で一本しかない時計だ」などという情報は入ってくるものなのです。

「日本で一本しかない時計」など、売るために広告しても、ほとんど無駄です。一人以外は買わないのですから。けれども、それを広告するのは、希少価値のある商品を広告していると、「あっ、あなた、すごいものを持っていますね」と言ってもらえるからです。つまり、買わない人のために広告を打っているのです。

この作戦は、普通は考えつかないものです。皆、売るために広告を打ちます。けれども実際は、買わない人たちに、「自分たちには買えないものである」ということを知らせて、それによって、買った人の方が「知っているでしょ? 普通の人は買えないけれども」と、自尊心を高めてもらうことが目的で広告を打っています。こういう高等戦略は、なかなか思いつきません。

 

 

値打ち感が高まると高く売れる

このように、付加価値をグッと上げようとすれば、不要不急のものや、実は実用的でなく、必需品でもないものを売ることを考えなければいけません。いろいろな人が買えないかもしれないけれども、「商品の値打ち感をどういうかたちで高めるか」を考えるべきです。

必要なものではなくても買わせることができれば、高く売ることができるわけです。そういう攻め方をやっているところがある、ということは知っておいたほうがいいでしょう。

やはり、一般的に言えば、志を立てて、勤勉に、熱心に行動的に働かれたらいいでしょう。そして個人で50人ぐらいまでは、トップ一人の力で引っ張っていけます。それ以上大きくなれば、やはり分身をつくってチームをつくり、大きな組織をつくって、会社を大きくするのが王道です。

ただ、付加価値を上げて大儲けしたいのであれば、やはり「裏道」を通らなければいけないこともあります。よそ様がしないこと、他の人が考えつかないことをやってみるというのも、一つの手かもしれません。

 

 

あえて行う難しい説法に見る「ブランド」戦略

例えば、普通は、宗教の教えは限りなくやさしくして広げなければいけないはずなのに、時に私は、聞いても分からない話を、堂々と全国に流しています。今日の説法も、全国の布教所まで流れているはずですが、先ほどの話は、ほとんどの人が分からなかったでしょう。私だって、「ほとんどの人が分かっていない」ということは分かっています。

裏方の人に訊いてみたら、理解したのは早稲田大学の法学部を出ている人あたりで、それ以外は分かっていませんでした。裏方が分かっていない以上、皆さんのほとんども、そんなに分かるはずがないと思います。

ただ、そういうことをたまにやりますと、幸福の科学のブランドが上がるのです。

「私は20年勉強しているけれども、今日の説法は分からなかった」「半分しか分からなかった」などと言われるような説法を時々行うと、「やはり、レベルの高い人が集まっているのだろうな」と思う人が出てきます。

「宗教には弱者が集まるところだから、私は行かない。病人や、貧しい人ばかりが集まっているのでしょう」などという人に、「では、これを見てください」と、難しい説法を見せると、「うん! 分からん! 難しいな」と、大学の憲法学者であっても言うでしょう。そういう方を連れてきても、「あなたも入って学べる教団なのです。他の宗教とは全然違います。大学の教授でも、聞いてもさっぱり分からない。だからこそ、入るべきなのですよ」とも言えるわけです。

難しい話も、実は、分からない人が出ることを承知の上でやっています。「そういう話を聞きたいような、賢い人も集まっている団体なのですよ」とPRしたくて、あえて話が分からない人をつくっているということがあります。私の法話の九十何パーセントは分かる話のはずなので、それはよいのです。皆が分からない話もたまに必要だ、という作戦もあるということです。

ですから、「不要不急で、値打ちが何であるのかは分からないけれども、とにかくすごいんだって」と言ってもらえるようにして、値打ちを上げる方法もあります。他の人は考えないようなことを考えて、作戦を立てると成功することがあります。