分権理論

なぜ分権理論が必要となるのか

 なぜ、分権が必要かというと、それはトップの限界を組織の限界にしないためです。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『社長学入門』で以下のように説かれました。

「これは、政治で言えば地方分権などがそうですが、企業では事業部制などがそうです。事業部制とは、製品別に事業部をつくり、事業部長が一つの小さな会社の社長のようになるものです。

 会社の規模がなると、どのような人でも だんだん目が届かなくなるので、マネジメントを下ろして分割せざるを得なくなります。

 ただ、このときに気をつけなければならないのは、「社内にマネジメントの出来る人がいるとは限らない」ということです。

 発展企業の場合には、たいてい、「最初からいる人は育たずに落ちこぼれることのほうが多く、また、外部から人を入れても なかなか思うようにいかない」という苦しみを味わっています。

 しかし、一人の人間にはどうしても限界があるので、分権をしていかないと、残念ながら大きくはならないのです。

 ナポレオンの軍隊は、ナポレオンがいる所ではいつも勝っていました。ところが、部下が馬で走り回れる範囲が彼の情報収集能力の限界だったため、彼は馬が1日に動き回れる二百キロぐらいの範囲なら戦争の指揮が出来ても、その範囲を超えた部分については戦争の指揮が出来なかったのです。それを超えた部分は崩壊するわけです。」(P-160~161)

 

分権のポイント

 ただし、権限を委譲して分割すればよいという単純な話ではない。

「人はなかなか育たないものですが、ある程度権限を下ろしていき、7割でも8割でもよいから判断をさせていかないと、トータルでの成果は大きくはなりません。

 ただ、これも、失敗すると官庁の縦割り組織のようになり、お互いにバラバラに動いていって無駄なことも出るので、分権しつつ相互に助け合うような組織をつくらなければ駄目です。そういう組織ができなければ、組織の無駄がそうとう発生します。

 例えば、指導研修部という部署があるとして、それを指導部と研修部に分けて別組織にし、「指導部は研修ソフトだけをつくり、研修部は研修だけを行う」ということにすると どうなるでしょうか。

 「研修部は、研修ソフト、講義のレジュメをつくれば それで仕事は終わりである。宿泊する研修者がたくさん来ても、運営は研修部の仕事だから、指導部には関係がない」ということになると、「指導部は暇だけれど、研修部は忙しくて困る。研修部の人員を2倍にしてほしい」ということになったりします。

 これは経営的に言えば マイナスです。「運営は研修部だけの仕事だ」と見れば、人が2倍必要になるのですが、その人数は いちばん忙しいときに要るだけであり、いつも要るわけではありません。大勢の人員が必要なときには、他の部署から応援の人が来ればよいわけです。

 文献主義は、こういう失敗が起きやすいので、相互に助け合う組織をつくらなくてはいけないのです。

 「自衛隊の幹部をやっていた人を会社がもらい受けると失敗する」と、よく言われています。そういう人には権限を明確にし過ぎる傾向があるのですが、中小企業で権限をあまり明確化すると失敗するのです。なぜなら、それぞれの部署でバラバラのことをやるようになり、人が数多く要るようになるからです。軍隊はそうなっているのです。そういうことが言われます。

 分権しつつ、お互いに助け合うような組織をつくらないと、無駄が生じて経営効率が極めて悪くなるのです。」(社長学入門』P-164~166)

 中央による適切な統制と分権化は、一見矛盾する概念だが、その矛盾を統合できるかどうかが事業部制の成功の鍵となる。単なる分権では、事業部間で重複し無駄が生じるなど問題が起きやすい。

 分権主義の落とし穴の一つに、「職能に基づいて分担を決める」という分掌主義がある。職務分掌規程で仕事の分担を明確に規定すると、規定以外の仕事は「規定にないから」という理由でしなくなるのが現状である。役所で相談ごとがたらい回しにされるのもその影響である。また、責任の範囲を明確化し過ぎても うまくいかないことが多い。「責任を果たすための権限を与えられていない」として、責任逃れの大義名分に使われるからである。

 一倉定氏は、「責任権限論は事あるごとに責任逃れの かくれみの になっている」と指摘した上で、「人々が、自らの責任を果たすために必要なものは権限ではない。それは責任感なのである」と訴えている。

分権理論を展開するときには、こうした落とし穴があることを考慮しつつ組織設計をしていかないと、いわゆるセクショナリズム(自部署の利益ばかりを追及して、全体的な視野をなくすこと)を助長させることになるので要注意である。相互に分担しつつも、補い合う組織にしなくてはならない。

 アメリカの自動車メーカーGM(ゼネラル・モーターズ)のアルフレッド・P・スローンは、事業部制の2つの原則を、次のように説明している。

1 各事業部の活動の最高管理者に付与される責任事項は、どんな形にせよ制限されてはならない。最高管理者に率いられる各事業部は、必要とするあらゆる機能を完全に備え、それぞれの自主性をフルに発揮し、筋道にかなった発展を遂げられなくてはならない。

2 会社の活動全般の筋道にかなった発展と適切な統制のためには、何らかの中心的組織機能が絶対必要である。

 2. の原則は おろそかにされやすい。この点について、ドラッカーも、GMの組織を「連邦型組織」と呼んだ上でこう指摘している。

 連邦型組織では、中央と分権化された単位組織の双方が協力出来る必要がある。分権化という言葉は、既に一般化してしまったため、捨てるわけにはいかないが、きわめて誤解を招きやすい。中央を弱体化させる響きがある。これ以上の誤解はない。

 連邦型組織では、企業全体の観点から、中央が明確な目標設定を行うことによって、単位組織に強力な方向づけを行う。それらの目標があらゆる部分に対し一流の仕事ぶりと高度の行動規範を要求する。

 中央による適切な統制と分権化は一見矛盾する概念だが、この矛盾を統合できるかどうかが事業部制の成功の鍵となる。単なる分権では事業部間で重複し、無駄が生じるなど問題が起きやすい。

経営と真理 へ

「仏法真理」へ戻る