お客様中心の発想

企業の成長は顧客が決める

 需要の発見をするにしても、需要の創造をするにしても、それをもたらす基本姿勢は「お客様中心の発想」です。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『智慧の経営』で以下のように説かれました。

「基本的に、お客様が中心であり、「会社の生死」「会社の将来性」「潰れるか、発展するか」の生命線を握っているのは お客様なのです。このことを忘れている方が多いのです。

 会社の生命線を握っているのは社員だと思っていたり、社長や幹部、部長などの管理職であると思っていたりと、間違った考え方をしている人が数多くいます。

 本当は、会社の生命線を握っているのは顧客であり、「お客様が商品を買えば会社が発展し、買わなければ潰れる」という、とても単純なことなのです。

 顧客は、無言のうちに取引を打ち切ってきます。会社にとってはつらいことですが、その商品を買わないだけです。それがなかなか分からないのですが、これを見誤ると会社が潰れるのです。」(P-271)

 現場を回ることの重要性については、「社長は自らお客様を訪問せよ」と、経営コンサルタントの一倉定は繰り返し主張してきました。

「傾いている赤字会社、あるいは倒産寸前の会社の場合は、まずはお客様のところを回りなさい」というのが一倉さんの経営理念です。「お客様が答えを全部知っている」というわけです。

 「なぜ、その会社の商品が売れなくなったか。客が来なくなったか。あるいは、サービスを利用しなくなったか」ということに対する理由を、客のほうはみな知っていて、知らないのは社長のほうであることがあります。あるいは、社員も知っている場合もありますが、社長にはそれを言いませんし、または、知らない場合もあるわけです。」(『危機突破の社長学』P-40~41)

 

使命感と情熱があって顧客の要望に応えることができる

 顧客ニーズを把握し、実践で応えていくのは簡単なことではありません。そうとうの努力を擁するため、結局のところ、経営層の情熱が必要になります。売る側に熱意があってこそ、その気持ちがお客様に伝わるとしい面があるからです。

「マーケティングにおいて、やはり営業的な側面も最終的に残ります。

 「それを売ることで相手にご使用いただくこと、お読みいただくこと、ご覧いただくことが喜びで嬉しい」と感じ、「自分はこの仕事が好きだ」という思いが全身に表れている人は、多くのお客様に気持ちが伝わりやすいでしょう。

 自分が「よいものだ」と思っていればこそ、それを「相手に買っていただきたい」という思いが全身に表れている人は、多くのお客様に気持ちが伝わりやすいでしょう。

 自分が「よいものだ」と思っていればこそ、それを「相手に買っていただきたい」という情熱が湧いてくる面もあるので、やはり、その情熱の違いは出てくでしょう。」(『実践マーケティング論入門』P-101)

 顧客のニーズをつかむことで、おのずと商品やサービスが売れることはあるのですが、それは必ずしも販売努力や営業努力が要らないという意味ではありません。「何としてもこの商品を広めたい」という情熱があってこそ、マーケティングも機能します。

「顧客に感動を与えるために必要なものは何であるかというと、言い古された言葉ではありますが、やはり「情熱」です。

 社長であろうと、部長であろうと、課長であろうと、一社員であろうと、熱意がなければ人に感動を与えられません。どんな会社であっても同じです。

 例えば、部長に熱意があれば、その部長のもとで働いている部下にも、熱意がピリピリと伝わっていくのです。

 その熱意のもとにあるものは、「仕事が好きである」ということです。自分の仕事が好きでなければ熱意は出てきません。好きな仕事であればこそ、熱意が出てくるのです。したがって、好きな仕事に打ち込むことが、人間としていちばん幸福なことなのです。」『(智慧の経営』P-283~284)

 熱意や情熱があれば、顧客に喜んでもらうための努力は量的にも質的にも変わってきます。

 ホテルの優秀なドアマンは、1万人もの名前と顔を覚えていると言われます。口先だけの顧客第一主義では このようなことはできるようにはならないでしよう。

「言葉だけで「顧客第一主義」と言っても、実際には分かっていないものです。

 経営者や店長は、「お客様が求められている商品を売りましょう」「お客様が求められているサービスをしましょう」などと、一生懸命に声をかけているでしょうが、店員や販売員、営業員のほうは、それが何のことか本当はよく分かっていないのです。いったい何が「顧客第一」なのかが分かっていません。

 「お客様は神様です。お客にいつもご奉仕しています」と思っているかもしれませんが、単に値引きをする程度のことしか思っていないのであれば駄目です。

 例えば、食材関係の人であれば、顧客の趣味・嗜好や家族の構成を効いてくわけです。「ご主人が好むものは何ですか」「どういう年代のお子様がいますか」「育ち盛りだと、今どんなものがお好きですか」などと訊いていれば、お勧めする食材も当然違ってくるでしょう。そういう人は、うまく提案をしてきます。

 そのように、「顧客第一」というのは、相手をもう一段素晴らしく輝かせることです。「相手の長所を磨き出すための技術、テクニックやサービスを、悪い心なく自然にやっていく」ということが「顧客第一」なのです。

 これを間違えて、言葉だけをお題目のように唱えても、「顧客第一」にはならず、結局、「自社第一主義」「自己店舗第一主義」に陥っているわけです。」(『伊勢丹流「できる営業マン7つの条件」』P-71~73)

 

従業員全員で智慧を絞る

 お客様に感動を与え続けていくには、その期待以上のものを常に用意することも考えなければいけません。今日来たお客様を感動させられたとしても、2回目、3回目ともなると道でしょうか。

 中小企業が同じような規模でお客様に感動を与えようとしても、それほど費用はかけられません。だからこそ、毎回毎回の工夫が必要なのです。新しい発明をしていくという その姿勢においては、たとえ大手企業相手でも絶対に引けをとらない気概を持つことです。その思いが必ず力になります。

 一般的に言って、活気ある会社では、社長が「目標や理想に向かって全社一丸」と号令をかけ、それに応えて売上を上げる社員が出世し、そうでない社員は切り捨てられる、といった風潮がありました。今でもあるでしょう。そうした経営方針が全て否定されるものではありません。しかし、こうした猛烈社員養成型の会社の業績が、今極端に悪くなってきています。

 会議で上司が鞭を振るって叱咤激励しても、誰も動かない。鼻先に報奨金をぶら下げても反応が鈍い。「価値観が多様化している」「若い人の根性がなくなった」「教育が悪い」など、理由はいくらでも並べられるでしょう。しかし、そうではなくて、まず従業員やその会社で働いている人が幸せであるかどうかが、問われるような時代になってきたのだと思います。

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