技術イノベーション

イノベーション・ライフサイクル

 イノベーションには、製品ライフサイクルと相関するイノベーション・ライフサイクルが存在します。製品の導入期は製品製造、イノベーションともに遅々としたスタートで始まり、製品の急速な普及と共に技術も急速な発展を遂げていきます。技術が市場全体に普及すると、製品ライフサイクルも成熟期を迎え、やがて限界を迎えます。

1 エマージングテクノロジー(将来、実用化が期待される最先端技術)

 開発初期段階では、イノベーションは基礎技術が確立していないことから、技術を効率的に開発に活かすことができない可能性

2 ページングテクノロジー(競争に与える影響力は大きいが、まだ普及していない技術)

 経験の蓄積とともにあらゆる知識を蓄積し、解決すべき課題とその解決策が明確になると、効率は大きく改善され、開発は加速度的に進む

3 キーテクノロジー(製品・プロセスへの効果、競争に与える影響力が共に高く、競争優位を構築できる技術)

 技術の進歩により製品・商品のクオリティが向上し、市場に急速な普及が起こる

4 ベーステクノロジー(キーテクノロジーが発展した結果、市場に普及した技術)

 技術開発を繰り返し概ね課題を解決していくと、基本技術が限界に近づき、技術改善の速度は限界を迎え、ゆっくりと下落していく。やがて技術はデファクト・スタンダードとなり、業界の新たなスタンダードとして定着する

 

注目される技術経営(MOT)

 技術経営(MOT:Management of Technology)とは、製品技術とプロセス技術からなる技術戦略を中心に、研究開発、知的財産、アライアンス、生産なども活用して、科学的知識や工学的知識をはじめとした技術的知識を経営に活かす理論です。近年、この技術経営視点での取り組みが、企業の成長戦略にとって極めて重要であると言われるようになりました。
 インターネットの普及と比例して、あらゆる製品・サービスがIT化し、急速な経済のグローバル化が進みました。こうした世界的な技術発展と目覚しく開発される新技術により開発した技術や製品は、現在ではすぐにコモディティ化してしまう現象が起きています。そんな時代において、大切なのは、いかにして自社技術を管理し、経営に活かしていくか、という考え方です。

 技術経営では、技術力をベースに、新たな成長エンジンとなるイノベーションを生み出し、その成果を効率よく製品やサービスに活用していきます。技術経営の最大の目的は、技術投資の費用対効果の最大化であり、技術のデファクト・スタンダード化(業界標準化)であると言えます。

国内における技術経営(MOT)の成功事例

 技術経営(MOT)でV字回復を果たした代表的な国内企業に富士フィルムがあります。デジタルカメラが急速に普及し、フィルムの需要が低下の一途を辿るアナログ写真事業は、事業縮小を余儀なくされました。しかし、同時期に、R&D部門では自社の強みの明確化に向け「技術の棚卸し」を進めました。これにより、技術のポートフォリオを整理し、技術開発と市場開拓を進め、多くの新規事業を生み出すことで業績の回復に成功しました。現在では、新事業と既存事業のシナジーを念頭に6事業領域を展開。なかでも、化粧品をはじめとするヘルスケア事業、ディスプレイ材料をはじめとする高機能材料、コンピューター用磁気テープをはじめとする記録メディアの3分野は、同社の成長戦略における3本柱にまで成長しています。

国外における技術経営(MOT)の成功事例

 技術経営の最も有名な成功事例として挙げられるのが、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)に象徴されるような新興巨大企業です。GAFAは、業務の過程・工程をこれまでの延長線上にない革新的な仕組みに改めるプロセス・イノベーションの視点から脱却し、革新的な新製品を開発して差別化を図るプロダクト・イノベーションへの転換を図ることで目覚ましい発展を遂げ、今や世界的な巨大企業へと成長しました。技術経営の取り組みは世界中で注目されており、今や世界の先進企業の経営スタイルにおけるスタンダードになりつつあると言えます。

事業創出に向けた技術経営に潜む障壁

 自社の研究成果を商品化して行くには、研究・開発・事業化・産業化と4つのステージがあり、各ステージに合わせたマネージメントや組織体制が不可欠となります。各ステージを乗り越えるには、それぞれに大きな障壁があり、魔の川(デビルリバー)、死の谷(デスバレー)、ダーウィンの海と呼ばれています。

 

研究段階に必要なマネージメント

 研究段階では、多角的な視点から基礎研究を行い、新たな技術の発掘と検証を繰り返し行います。この段階で大切なのは、できる限り広く、多くのアイデアを集めることであるため、発散型マネージメントが求められます。

開発段階に必要なマネージメントと魔の川(デビルリバー)

 開発段階では、研究段階で得られた技術をベースにターゲットを定め、製品開発を目指します。商品としての実現を目指す段階であるため、アイデアの精査から絞り込みが必要となり、収束型マネージメントが求められます。
 一方、研究から開発の際に生じるのが「魔の川(デビルリバー)」と呼ばれる障壁です。これは、研究段階で生じたシーズ(技術)志向の様々なアイデアを、ニーズ(需要)志向で取捨選択することで生じる考え方の違いによるものです。魔の川を乗り越えるには、プロジェクトの軸足を研究チームからマーケティングチームに移行すると同時に、マーケティング部門の権限を高める必要があります。

事業化段階に必要なマネージメントと死の谷(デスバレー)

 事業化段階では、開発された商品の販売促進を行うとともに、製品改良を繰り返し行い、市場シェアの獲得を目指します。生産・販売だけでなく、製品改良やアフターサービスなどが必要となるため、全社的な対応が不可欠となります。事業化段階では、消費者からフィードバックされる多くの要望に対応する様々なアイデアが必要となるため、発散型マネージメントが求められます。
 一方、開発から事業化の際に生じるのが「死の谷(デスバレー)」と呼ばれる障壁です。これは、研究・開発メンバーが主軸となり開発された製品を商品として市場にリリースした際に、実際の消費者から寄せられる様々な要望により生じる課題です。死の谷を乗り越えるには、プロジェクトの軸足をマーケティングチームからセールスチームに移行すると同時に、営業・販売部門の権限を高め、顧客対応に向け全社的な協力体制を築く必要があります。

産業化段階に必要なマネージメントとダーウィンの海

 産業化段階では、売上の最大化を目指し事業を収益化していくことで、企業の主力事業への成長を目指します。市場で勝ち抜くには、販売チャネルを充実させるとともに、他社商品と比較して優位性が高く、消費者にその価値を納得頂く必要があるのは言うまでもありません。そのため、競争優位性を確立に向けた設備投資や人員配備などのさらなる投資を必要とします。
 一方、事業化から産業化の際に生じるのが「ダーウィンの海」と呼ばれる障壁です。これは、事業化に成功して新製品が開発されても、既存商品や競合他社が待ち受けている状態を指しています。ダーウィンの唱えた自然淘汰にちなんでダーウィンの海と呼ばれています。ダーウィンの海を乗り越えるには、十分な投資や他社との連携、さらには迅速な意思決定などが不可欠です。

 

イノベーションのジレンマ

 成長過程にある多くの企業が革新的な技術やビジネスモデルで市場シェアを獲得してきたが、業界大手になってしまうと、既得権益を守ることで革新性を失ってしまう状態や、最先端の革新的な新技術を開発しても成功に結びつかなくなる。この状態などを総じて「イノベーションのジレンマ」と言います。

 ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセンが提唱した、イノベーションの遅れの要因を表す考え方です。企業が顧客の意見に耳を傾け、製品改良やサービス提供を行うことでイノベーションが立ち遅れ、失敗を招くというものです。

 次の3つの理由を挙げています。

1 破壊的な技術は、製品の性能を低下させる

 開発初期段階では、イノベーションは基礎技術が確立していないことから、技術を効率的に開発に活かすことができない可能性が高く、破壊的な技術を導入することで製品の性能を一時的に低下させます。このことから、既存技術で成功している企業の多くは破壊的な技術に関心が低く、イノベーションの遅れを招く要因となると挙げています。

2 技術の進歩のペースは、市場の需要を上回る

 技術技術革新のスピードは、市場ニーズが醸成されるよりも早いことから、企業が開発した革新的な製品が市場に浸透しないことが往々として起こります。そのため、性能が高すぎる新製品よりも、市場ニーズを満たす程度の新製品が市場シェアを獲得することがあり、イノベーションの遅れを招く要因になると挙げています。

3 理想とするビジネスモデルに差異がある

 破壊的技術の導入が、大手企業の理想とするビジネスモデルと差異がある場合、既存技術で成功している企業は参入のタイミングを見逃してしまうことがあります。大手企業が参入しないことは、イノベーションの遅れを招く要因になると挙げています。

 

プロダクト・イノベーションのアプローチ

 プロダクト・イノベーションは、大きく2つに分類することができます。一つは革新的な製品を開発する「商品イノベーション」、もう一つは性能を実現するための革新的な素材・部品を開発する「素材・部品イノベーション」です。

 プロダクト・イノベーションのアプローチは、次の4つに分類することができます。

1 技術主導型(シーズ志向)

 技術主導型では、独創的で高い技術力を背景に革新的な新製品の開発を行います。基本、生産者(開発者)視点でのイノベーションとして分類されます。近年では、Appleの開発したmac/iPod/iPad/スマートフォンなどが代表例に挙げられます。

2 ニーズ主導型(ニーズ志向)

 ニーズニーズ主導型では、市場ニーズに応える形で新製品の開発を行います。マーケティング活動で消費者の抱える課題や市場ニーズを捉え新製品開発へとつなげていくことから、現存する製品よりもさらに利便性・機能性の高い製品開発の過程で生み出される「素材・部品イノベーション」が主流となります。

3 類似品型

 類似品型は、独創的な製品を模倣して開発する際、現存する製品よりもさらに利便性・機能性の高い製品開発の過程で生み出される「素材・部品イノベーション」が主流となります。

4 コンセプト主導型

 コンセプトコンセプト主導型は、創出されたアイデアをコンセプトに落とし込み、新製品開発に必要な技術・素材・部品などを追って開発していく技術主導型とは真逆のアプローチです。開発できると革新的な新製品になる可能性を秘めている一方、実現の可否など多くの課題をクリアしていく必要があります。

 

イノベーションと外部組織の役割

 近年、イノベーションに必要な経営資源を、一企業ですべてカバーするのが困難になっており、他社との連携や大学・産学官連携といった外部組織との協業が注目されています。イノベーションにおける外部組織との連携には、次の役割が挙げられます。

企業間協力・分業

 川上企業や川下企業をはじめ、関連産業や競合他社などの外部組織と協力・分業し、新製品や新サービスの技術開発からイノベーションを生み出します。自動車メーカーや携帯電話メーカーが製品本体を自社で製造し、協力企業が部品の製造を担うなどが例として挙げられます。その他、競合他社と協力し、業界のデファクト・スタンダードを構築するために連携を行うなどがあります。

ネットワーク型地域集積

 特定の特定の地域に多くの企業が集積した産業集積地において、特定地域内の企業がそれぞれの技術やアイデアを持ち寄りネットワークを形成することで、イノベーションが創出されることがあります。この場合、ネットワークを形成した各企業の独自性・独立性は維持・継続されながら、別組織を形成するなどの取り組みを行います。

情報やアイデアの源泉

 ユーザやサプライヤーが保有する情報や、コンサルタントやゲートキーパーから外部にある最新知識を取り込むことは、イノベーションにとても重要な要素だと言えます。視野が狭くなりがちな内部の技術者と情報を共有することで、プロジェクトメンバー全員の視野を拡げ、有用な技術を積極的に採用するなど、イノベーションには柔軟な対応が不可欠です。また、大学や公的研究期間など、非営利研究組織とのつながりも情報やアイデアの重要な源泉となります。

 

オープン・イノベーションの有用性

 オープン・イノベーションとは、自社だけでなく、他社、大学、研究組織、地方自治体など、異業種・異分野の外部組織が持つ技術やアイデア、サービス、ノウハウ、データ、知識などを組み合わせ、革新的なビジネスモデル、製品・サービス開発、組織改革、地域活性化などにつなげる イノベーションの方法論です。
 オープンイノベーションは、新規事業を生み出すために有効な手法のひとつであり、既存事業の改革にも活用可能な手法として注目を集めいています。

 社内だけでは実現が困難な改革も、社外の有識者と協業・連携することで、多くの改革を推し進めることができるようになります。

オープン・イノベーションの特徴
 ・社内に必ずしも優秀な人材を必要とせず、社外の優秀な人材と協業する
 ・事業化に向け、必ずしも基礎から研究開発を行う必要はない
 ・開発されたイノベーション価値の確保に、社内の研究開発も必要となる
 ・開発期間を短縮し、いち早く製品を市場にリリースすることで、先行者利益を獲得できる
 ・外部の客観的な意見を取り入れることで、優れたビジネスモデルの構築が可能となる
 ・自社内で確立した知識や技術を、技術ライセンシングとして提供することもできる
 ・自社の特許や技術に関する機密情報や知的財産が、外部に流出する危険性がある

クローズド・イノベーションとの違い

 オープン・イノベーションの対義語として挙げられる方法論に、クローズド・イノベーションがあります。オープン・イノベーションが外部組織が持つ経営資源を積極的に採用する取り組みに対し、クローズド・イノベーションは、自社の研究・技術のみで革新的な新商品・新サービスを提供する方法論です。日本企業の多くが取り組んできた経営手法であり、大手各社が競ってクローズド・イノベーションを行ったことで、日本の技術は飛躍的な成長を遂げ日本経済は急成長を果たしました。

 クローズド・イノベーションは、競争優位性の高い技術を一社で独占することで、市場シェアを一手に獲得することができ、大きな利益を生み出すことができます。一方、商品化までの開発工程に莫大な時間とコストがかかるデメリットが潜んでいます。製品ライフサイクルが短期化され、市場ニーズが多様化し、競争環境が激化する現代において、クローズド・イノベーションは大きなリスクがあるとされ、オープン・イノベーションに取り組む企業が増加しています。

 

新たな手法として注目されるリバース・イノベーション

 リバース・イノベーションとは、新興国や発展途上国に研究開発機関を設け、新興国市場向けに開発した製品やサービスを先進国に導入・展開するイノベーションです。

 従来は、先進国で開発した製品・サービスを新興国や発展途上国向けにローカライズして流通・展開するグローカリゼーションが主流でしたが、新興国や発展途上国にある市場ニーズから新たなアイデアや技術を得るリバース・イノベーションも、新たな取り組みとして注目されています。

 イノベーションを生み出すには、イノベーションを活用して何をしたいのか、どのような課題を解決していきたいのかなど、明確な目標設定が不可欠です。外部組織とのディスカッションやイノベーションを生み出すこと自体が目標となってしまうと、せっかく生まれたイノベーションを活用することができなくなるため、着手前に明確な課題設定や目標設定を行いましょう。

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