組織改革のプロセス

 近年、経営環境の変化などにより組織戦略を見直したり、新たなマネジメント手法を導入するなど自社の改革に取り組む企業が増加しています。

 しかし、このような取り組みが期待通りの成果を生み出さなかったり、「気が付いたときには取り組み前の企業の元の姿に逆戻りしていた」、といった企業の改革に失敗するケースも少なくないようです。

 改革が失敗する原因はさまざまですが、新たな取り組みがもたらすであろう「成果」ばかりに目が奪われて、組織内の人々を変革するという視点が欠けていることも主要な要因の一つになっています。

 会社を動かしている内部の人々が これらの新たな取り組みを受け入れ、真剣に取り組まなければ、いくら素晴らしい戦略を立案したり、新たなマネジメント手法を導入しても十分な成果は期待できません。ここに組織を変革することの重要性があります。

 

組織変革を阻む心理的要因

 組織変革の取り組みに際して、大きな問題となるのが「改革に対する心理的拒否感」です。

 経営者・従業員など社内の立場にかかわらず、人は先の見えない不安定な状況を嫌い、現状を好む傾向があります。

 この本能的ともいえる改革を拒む心理的要因は、改革によって自らが悪影響を受けることが明らかな場合や、どのような影響を被るのか不透明な場合だけではなく、
 しばしば自らにとってメリットの大きい結果が予想される場合においてさえみられる強力なものです。

 改革に対する強い心理的拒否感は、以下のような要因に起因しているといわれています。

・改革が自分たちに悪影響を及ぼすと考えている

・改革によって自分たちが慣れ親しんだ習慣(仕事の進め方など)を変更しなければならないと考えている

・改革の必要性(現状の問題点)を認識していない

・改革によるメリットなど、改革後の姿を理解していない

・改革の必要性を他人事のように考えて、自分たちの問題として認識していない

 組織変革に取り組む最大の目的は、これらの要因に起因して従業員が抱える心理的抵抗感を解消し、改革を円滑かつ効果の上がるものとすることにあります。

 

組織変革の基本プロセスと概要

改革推進のためのチームをつくる

 最初に組織変革を推進していくうえで中心となるチームを形成します。

このチームは、基本的に改革全般を推進していくチームと同一になります。

 しかし、組織変革という視点からみた場合、一般的に「改革推進チーム」のメンバーに必要と考えられがちな能力や資質とは異なる要素も検討する必要があります。

 特に、比較的規模の大きい企業にとっては、多くの人材の中から適切な人材を選ぶ必要があり、注意を要するステップといえます。

 人選に際しては、以下の要件を充足する人材にチームに参加してもらうことが理想的です。

・社内に影響を与えることのできる地位の高い人材

・課題に取り組むための高い専門知識をもつ人材

・リーダーシップを発揮できる人材

・地位にかかわらず、社内で大きな信頼を集め、多くの従業員に影響を与えることができる人材

 

 人選は、自己申告制度や上司による推薦などの方法を活用してもよいのですが、経営者や経営者に準じた改革全体を管理するリーダーによる面接を行う必要があります。

 推進チームのメンバーとしての適性は、昇進・昇格や部門間異動といった通常の人事異動などの基準とは異なります。推進チームに必要となる要件を十分に理解している経営者などが直接面接を行い評価を下すことが必要となるのです。

 なお、社内で評価の高い人材が必ずしもチームのメンバーにふさわしいとは限りません。改革とは既存の社内システムの一部を壊すプロセスです。

 一方、「仕事ができる」といった評価は、しばしば既存の社内システムと密接に関係がある場合があります。このため、改革が自分の「優秀さ」の基礎となる既存システムの変更をともなう場合は、強い抵抗感を示す人材も少なくないのです。例えば、コンピュータへのデータ入力の速さで高い評価を得ている人材が、データ入力作業をなくし、すべての作業を自動化するというプロジェクトに対して積極的に協力するかどうかはやや疑問が残ります。

 人材を選ぶ際には、改革を進んで受け入れるとともに、ほかの従業員の先頭に立って改革をリードできる人材をチームの一員として選ぶ必要があるのです。

 

問題点の分析

 現状の分析や将来に対する予測などを通じて、既存の取り組みの問題点を明確にするのが このステップです。

 この際注意すべき点は以下の通りです。

(1)分析プロセスに社内人材を積極的に参加させる

 問題点のなどの分析は、組織変革推進チームを中心とした社内人材を積極的に参加させるようにします。

これは、社内人材が分析を行うことによって、さまざまな分析や検討を通じて自社の危機的状況を実感を持って把握してもらうことができるというメリットがあるためです。

 しかし、その際には注意しなければならない点もあります。

 無計画に社内人材のみに任せてしまうと、現状分析では悪い要因は過小評価し、よい点を過大評価してしまうなど、自社に甘い評価を下してしまう危険性がともないます。

 また、このような業務に不慣れな人材のみで行ってしまうと、質の高い分析を行えない場合もあります。

 従って、分析プロセスでは、客観的な目を持ってこのプロセスを進めていくことのできる専門的な能力を有する人材が必要になります。

 このような人材が社内にいない場合は、社内人材をうまくコントロールできるコンサルタントなどの社外人材を活用することも一つの方法です。

 ただし、社外人材はあくまで分析のサポート的な役割にとどめ、社内人材が中心となって分析を進めていくことが望ましい。

(2)最悪のシナリオを明確にする

 問題点や課題の分析だけではなく、変革を実施しなかった場合、その問題点や課題がもたらす影響も含めて明確にすることが望ましいのです。

 この結果は、従業員の間に危機感を創出し、改革へのモチベーション向上を図るために有効となります。 

 変革を行わなかった場合の「最悪のシナリオ」を示すのであれば、誰もがその事実を認めざるを得ないように豊富な裏付けデータを提示しながら、「○%の売り上げの低下」あるいは「○部門の閉鎖」というように、想定される具体的な結果を導くとよいでしょう。

(3)シナリオを可能な限り細分化する

 自社全体の問題として示すよりも、部門別、あるいは個人別のレベルまでシナリオを可能な限り細分化していくことによって、従業員により身近な問題として認識させることができます。

 売上高に関することであれば、「全社売上高○%の減少」よりも「△部門売上高●%の減少」、あるいは「△部門の営業担当◆主任の担当取引先×社との取引停止」と示したほうが、現実味のある問題として各人が理解しやすくなるとともに、改革に対するモチベーションも高くなります。

ビジョンとそれを成し遂げるための戦略を検討する

 自社の将来あるべき姿を示すビジョンと、問題を克服しビジョンを実現するための具体的な戦略を検討します。

 改革において、ビジョンは以下のような重要な役割を果たします。

 ・すべての社内人材の行動をまとめあげる際の指針となる

 ・苦しい改革を乗り越えていくうえでの目標を示す

 この役割を果たすような優れたビジョンを策定する際には、下記の点に注意しながらビジョンを検討する必要があります。

 ・将来の企業像がはっきりイメージしやすいものである

 ・企業内外の人々にとって魅力的で、実現することが強く望まれるものである

 ・企業を改革することによって実現可能である

 ・誰もが簡単に理解できるものである

 優れたビジョンは、これらの要件を満たしているといわれますが、優れたビジョンというのは非常にあいまいなこともあり、実際にこれらの条件を満たした魅力的で優れたビジョンを生み出すことは容易ではありません。

 ビジョンを生み出すための簡単な方法はありません。

 幾度ものミーティングや見直しのための作業などの試行錯誤を繰り返しながら、数ヵ月以上かかることも珍らしくありません。このため、限られた時間の中で進める必要がある改革に際しては、あらかじめ期間を決定して限られた時間内で最大限の努力を行う、あるいは目的や目標値の設定などで代用する方法も検討する必要があります。

 ビジョンを作成した後は、そのビジョンを実現するための具体的な戦略を立案します。

 導入を進めるさまざまなマネジメント手法や新たな経営戦略などの改革案はこの戦略の一部を形成する要素となります。

 これらのステップを通じて、企業の目標とするビジョンとそこに到達するための戦略が示されることから、企業が現状から改革に至る具体的なシナリオが生み出されることになります。

 

危機意識と改革に向けたビジョン・戦略の共有化

 前のステップで検討した問題点や課題とそれらを放置した場合(改革に取り組まなかった場合、あるいは改革に失敗した場合)の「最悪のシナリオ」と、それを回避するための改革に向けたシナリオを従業員に伝え、社内で共有化を図ります。

 「最悪のシナリオ」は、従業員に対して「もう、現状のままではいられない」「変わらなければならない」という危機意識を強く植え付け、改革に対するモチベーションを高める効果があります。 

 そして、改革に向けたシナリオを示すことによって「最悪のシナリオ」を避けるために取り組むべき具体的な方策を示すのです。

 このステップで注意すべき点は、危機意識や改革に向けたシナリオを全従業員に周知徹底させるとともに、改革を他人事ではなく自分の問題として認識させることにあります。

経営者や組織変革推進チームのメンバーなどが中心となって、さまざまなコミュニケーション手段や機会を利用しながら、組織内部に広めていく努力も必要です。

 例えば、

 ・スピーチ、社内報などさまざまな機会で伝えていく

 ・ミーティングなど直接的なコミュニケーションを通じて理解を促進する

 ・頻繁に、繰り返し伝える

などの取り組みは不可欠です。

 

計画の実行

 計画した戦略などを実行に移していきます。

 注意すべき点は、長い実行段階において、改革に対するモチベーションを持続していくことができるかという点にあります。

 このためには以下のような取り組みが求められます。

(1)改革の必要性やビジョンや戦略を繰り返し伝える

 社内で共有化の進んだ危機意識や、ビジョンや戦略などの改革のシナリオを常に想起させるように、改革が成功するまで継続してそれらを伝え続ける必要があります。

(2)短期的な成果を実現する

 人は本質的に先の見えない不安定な状況を嫌う傾向があります。このため、従業員は、ビジョンや戦略を十分に理解しても思うような結果が出ないようでは、改革に対する熱意は次第に低下してしまい、失敗してしまう原因になりかねません。このため、小さくても短期的な成果を実現していくことが必要となってきます。

 短期的な成果を生み出し、「私たちの取り組みは正しい」ということを実感させることによって、改革に対するモチベーションを維持することができます。

 また、成功は改革に対して反対している者や疑問を感じている者に対する何よりの説得材料となります。

 短期的な成果を生み出すためには、戦略の立案の際に短期的な成功が見込める段階的な目標値を設定しておくことや、計画の一部を先行的プロジェクトとして計画し、集中的に取り組み、短期的な成果を実現するなどの方法があります。

(3)成果を適切に評価する

 改革を成し遂げるプロセスは、短期的な成果を積み重ねていくプロセスになります。

 このため、昇進などの人事評価制度などを必要に応じて改正して、成功をその都度適正に評価することが大切です。

 また、たとえ小さな成果であっても全社を挙げて喜び、成果を生み出すうえで貢献した人材や部門をたたえるような姿勢が必要です。

 改革に功績のあった人材を適正に評価することは、従業員の改革に対するモチベーションを向上させる効果があります。

 

組織変革における注意点

1 常に「揺り戻し」を意識する

 人間の心理的抵抗感は根深いものがあります。

 このため、改革が成功しているようにみえる状況においても、従業員の心の中には常に以前の状況に戻りたいという「揺り戻し」が働いていることを忘れてはいけません。

 こうした「揺り戻し」を見落とし、その対処を怠ると、次第に従業員間に「揺り戻し」は広まっていき、改革が失敗に終わってしまう危険性があります。

 こうした揺り戻しに流されないようにするため、改革に対するモチベーションと勢いを維持することには常に注意を払う必要があります。

 危機意識や改革のシナリオを常に訴え続けることや、実行段階において早い成果を生み出していくというのはこの点について注意を払ったものとなります。

2 反対者への対応

 改革の必要性について どれほど熱心かつ具体的な説明を行っても、改革に同意しない従業員が出てくる可能性があります。

 しかし、一口に反対者といっても

 ・表立って明確な反対行動はとらないが、改革に協力もしない

 ・反対の立場を明確にしたうえで、改革に協力しない

 ・ほかの従業員に悪影響を与えるなど、改革に対してマイナスの影響を与える 

といったように、反対の度合いにも「温度差」があります。

 これらの従業員すべてに対して厳しい対応が必要なわけではありません。

 反対者の意見に真摯に耳を傾けて、改革の取り組みをより多くの従業員が納得できるものとしていくことも必要です。

 しかし、その一方で、改革はその成否に企業の命運がかかっているケースも少なくありません。

 改革を成功に導くためには、時には毅然とした態度を示すことも必要です。

 特に、ほかの従業員に悪影響を与えるなど、改革に対して明らかにマイナスの影響を与える従業員に対しては、厳しく望む必要があります。

3 社長の積極的関与

 社長自らがすべての改革プロセスに主体的にかかわる必要はありませんが、改革に対して十分に理解し、社内に明確な支持の姿勢を示すことは欠かせません。

 また、社長は社内の人々全員から注目される存在です。このため、以下のような役割を積極的に果たすことが求められています。

・自らが率先して改革に対して積極的な姿勢を示す

・改革に対する「語り部」として現在の経営上の問題点や「最悪のシナリオ」、改革の意義などを率直に伝える

 改革は、社長など一部の人間の強力なリーダーシップによってもたらされると思われがちです。

 社長のリーダーシップは改革には重要な要因です。しかし、社長がどれほど強力なリーダーシップを発揮したとしても、従業員が改革を拒めば「笛吹けど、踊らず」で、会社は何も変わりません。

 改革の成否は従業員の改革に対するモチベーションを高め、改革のプロセスに巻き込んでいくことができるかどうかにかかっているのです。

 改革に取り組む際には、この点を忘れずに「組織変革」という視点からの取り組みも進めることが重要といえるでしょう。

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