コトラーのマーケティング理論
アメリカの経営学者フィリップ・コトラー(Philip Kotler)は、ピーター・ドラッカーやマイケル・ポーターなどと並ぶ著名な経営学者で、マーケティングを体系化した現代マーケティングの第一人者です。
コトラーは、世界的企業であるIBMやGE、ミシュランなどのコンサルティングにも従事しながらマーケティングの第一人者として走り続け、時代の流れとともに激しく変化するマーケティング理論を時代に合わせてアップデートしてきました。
マーケティング概念をわかりやすく具体的にしていることから「近代マーケティングの父」とも呼ばれており、『コトラーのマーケティング・マネジメント』『マーケティング10の大罪』『市場戦略論』など多数の著書があります。
コトラーは、マーケティングの基本手順として5つのステップを明示しました。
①調査(Research)、②セグメンテーション(Segmentation)/ターゲティング(Targeting)/ポジショニング(Positioning)、③マーケティング・ミックス(Marketing Mix)、④実施(Implementation)、⑤管理(Control)
コトラーは、「Segmentation(市場の細分化)」「Targeting(ターゲットの明確化)」「Positioning(他者との差別化)」の3つの頭文字をとったSTP分析を提唱しています。
STP分析では、自分の企業や商品、サービスが他とどう異なるかを明らかにすることで顧客に選ばれることを目指します。顧客のニーズを特定し、競争の舞台となる市場を選択し、ターゲットを絞ることが、マーケティングのスタートであるとコトラーは言います。
ターゲットを絞ることで、対象となる顧客の範囲を狭めているように感じますが、実際には特定のターゲットに向けた強烈なメッセージのほうが、ターゲットとしていない顧客の琴線にも触れることが多い可能性はあります。
その商品・サービスは、誰に届けたいのですか? 勇気を持って八方美人にならず、特定のターゲットにとって最高であることを目指しましょう。
コトラーのマーケティング理論では、「商品やサービスで利益を上げるためには顧客(ターゲット)をしぼり、その顧客が求めている価値を提供すること」を基本としています。
コトラーは、まずマーケティングを「ニーズに応えて利益を上げること」と定義し、そのうえで「利益を上げるためには顧客が何を求めているか」(ニーズ)をつかみ、商品企画にさかのぼって戦略を立てることが重要、つまり「利益を上げるためのポイントは、顧客視点に立つこと」であるとしています。
コトラーの推奨するマーケティングプロセスにおいて、有名なフレームワークが「R-STP-MM-I-C」と呼ばれるものです。
コトラーのR-STP-MM-I-C プロセス
戦略立案プロセス |
R |
Research(リサーチ) |
マクロ環境分析・ミクロ環境分析 |
STP戦略 |
Segmentation (セグメント) |
市場を年齢や性別、職業などで細分化 |
|
Targeting(ターゲティング) |
ターゲットとなる層を定める |
||
Positioning(ポジショニング) |
競合比較した場合の市場における自社商品やサービスの強み |
||
戦術実戦プロセス |
MM(4P分析) |
Marketing‐Mix(マーケティング・ミックス) |
Product(製品) |
I |
Implementation(インプリメンテーション) |
実装する |
|
C |
Control(コントロール) |
管理する |
このR-STP-MM-I-C は、「戦略立案」「戦術実践」の2ステップで構成されています。
戦略立案のプロセスでは市場・競合などマクロ環境分析やミクロ環境分析をし、分析結果に基づいて市場の選択や分類(セグメンテーション)、自社商品・サービスを投入するセグメント選定(ターゲティング)を行い、他社との比較優位性(ポジショニング)を明確にしていきます。
マーケティングにおける戦略立案プロセスでは、攻めるべき市場を設定するためのセグメンテーションが特に重要です。
戦略実践のプロセスでは、戦略立案プロセスで明確にした情報をフレームワークなどによって整理していきます。
最も有名なフレームワークは、商品やブランドに対する感情移入や購買行動を起こしてもらうためのマーケティングツールを組み合わせたマーケティングミックスの「4P分析」です。そのほか、買い手視点の「4C分析」などがあります。
4P分析と4C分析
売り手の視点 |
買い手の視点 |
4P分析 |
4C分析 |
Product(製品) |
Customer solution(顧客ソリューション) |
Price(価格) |
Cost(価格) |
Promotion(プロモーション) |
Communication(コミュニケーション) |
Place(流通) |
Convenience(利便性) |
勝者は顧客が決める
企業は業界の秩序や自社の利益を優先するあまり、顧客の利便性や利益を後回しにしてしまうことがしばしばあります。
こういった状況を、コトラーはこう唱えています。
「今日の売上と引き換えに明日の顧客を失うことがよくある。」
マーケッターが目指すべきは、顧客との長期にわたる相互的関係を築くことであって、単に製品を売ることではありません。
Google創設者のラリー・ペイジも、「顧客やユーザーは常に正しいと考え、彼らにとって違和感のないシステムを作ろうとすべきだ。システムは取り換えられても、ユーザーは取り換えることはできないのだから」と言っています。
当時、Googleを成長させた無料検索エンジンは様々な企業が提供していましたが、他者が広告主に目を向けているのに対し、Googleはユーザーが必要とする情報をできるだけ早く届けることに注力していました。
結果はご存じの通りです。口で言うほど簡単なことではありませんが、競合他社に勝とうとするあまり、顧客が視界から消えてしまうことがないよう、心の奥底から顧客を1番にサービスを考えましょう。勝者を決めるのは顧客です。
価格ではなく価値を売る
低価格競争に陥って消耗する企業が後を絶たないのを見ればわかるように、この情報化社会の時代において「低価格」だけで成功する戦略は長続きしません。
コトラーは、「販売は製品が完成してスタートするがマーケティングは製品が存在する以前にスタートする」と言います。
人々が求めているのは何か、自社は何を提供するべきか。その答えをあらかじめ探り、顧客がどんな価値を求めているかを考えることが、マーケティングのスタートです。
世界一優秀なマーケティング部門でも、価値のない、顧客のニーズに合わない製品を売ることはできません。コトラーは、「販売に注力するのではなく、むしろ販売が不要なほど魅力的な製品に注力すべき」と言います。
求められているのは、顧客支援を通じて、「価値を創造する」ことです。そのためにも、顧客のニーズを捉え、価値で優位性のある製品を提供することが大切です。
自社がいる市場を再定義する
STPマーケティングの「S」、つまりセグメンテーションにおいて、コトラーは繰り返し「市場の再定義」を提唱しています。
ターゲットを明確化し、ある市場で高いシェアを握っていたとしても、視点を変えて市場をより広くとらえれば、シェアは10%にまで低下するかもしれません。
たとえばコカ・コーラはコーラ市場において誰もが認めるNo.1の企業ですが、それをソフトドリンク市場や飲料市場に対象広げれば様相は変わります。コカ・コーラの成功はコーラ市場の成功に満足せず、ソフトドリンク市場全体の中で位置づけることで、水を含む様々な飲料水を開発し成長していったことにあります。
あえて大きな市場に自社がいると再定義することで、また新たな成長戦略が見えてくるのです。
価値ある情報が企業の未来を決める
集める情報が多すぎる、もしくは少なすぎると、間違いを起こしてしまうことがあります。
情報の持つ価値は非常に高いものの、膨大な労力と費用をかけて集めた情報であっても、質が悪く使えない情報ばかりだとしたら、情報の洪水に溺れながら知識に飢えていることになってしまいます。
コトラーは、「いかに価値のある情報を得るかが、企業の未来を決める」と情報の重要性について語っています。
データ、情報、知識と「知恵」の間には大きな違いがあります。集めた情報を市場で生かせる「知恵」に変え、仕事に生かすことが情報の対処法です。より良い情報を手にし、よい知恵に昇華した企業が顧客に新しい価値を提供し勝利を手にすることになるでしょう。
イノベーションを行わないことは破滅につながる
コトラーのマーケティング理論、最後のTIPSは、「イノベーションを行わないことは破滅につながる」です。
企業は、イノベーションを起こすために、たくさんのアイデアを生み出す必要があり、失敗が多いからと諦めてしまったら破滅の道を歩むことになります。
コトラーは、「企業はアイデアをとらえる網が用意されていない」と言い、すべての社員や組織全体から創造的なアイデアを生む必要性を説いています。
また、コトラーは、「イノベーションを導入するためには、現時点ではうまくいっているものを変えなくてはならないことが多い」と言っていますが、本田宗一郎は同じようなことを、「モデルチェンジは売れている時にやれ」といった言葉で表現しています。
今のやり方を変えなければならないことには強い抵抗感があります。しかし、うまくいっている時にイノベーションを起こす勇気こそが次なる躍進を呼び込むのです。
コトラーの7P
コトラーのマーケティング理論には「買い手視点の4P」「売り手視点の4C」に加え、サービス業を対象としたマーケティング「7P」のフレームワークがあります。7Pは、4PのProduct(製品)・Price(価格)・Place(流通)・Promotion(プロモーション)に加え、「Personnel(従業員やビジネスパートナーなど)」「Process(手順)」「Physical Evidence(物的証拠や環境)」の3つのPを加えたものです。
もともと4Pはコトラーではなく、エドモンド・ジェローム・マッカーシーが提唱したものです。コトラーは無形の価値を提供するサービス業のマーケティングにおいては「人的サービスの質」「サービス提供のプロセス」「物的証拠」も考えるべきだとして、もともと存在していた 4Pに3Pを加え、「7P」を提唱しました。
例えば、Price(価格)の値上げを検討する場合、価格のみを見直すのではなく、同時にサービスの質を上げたり意匠をグレードアップしたりすることを検討します。顧客にとってより心地よいものを提供することで、顧客は値上げにもポジディブな印象を持って引き続き購入するなど、7Pを考えることで収益アップのために見直すべき点や、差別化を図るための強化ポイントが見えやすくなります。