売り込み型営業から提案型営業へ
経済成長の伸び悩み、ニーズの多様化、商品の類似化という状況のなかで、従来の営業手法だけでは物(モノ)が売れなくなっています。
自社の営業力強化のためには、今までのように自社の商品を販売するという「売り込み型営業」から、顧客の利益を重視した「提案型営業」にチェンジする必要があります。
提案型営業
「何(モノ)」ではなく「どんな(コト)」を提案することです。
営業活動の目的は、最終的には自社商品を購入してもらうことにあります。
これはいつの時代も変わりありません。
たとえば、事務機器メーカーの営業マンであれば、自社商品のパンフレットを持ち歩いて、「うちの商品はこのような機能を兼ね備えていますよ」と宣伝する売り込み型営業が一番手っ取り早いようにも思えます。
しかし、このような手法は もはや通用しなくなっています。厳しい経営環境が続くなか、顧客は本当に必要な物しか買ってくれません。パンフレットを見るだけではその判断がつかないのです。
そこで、最近の営業に必要不可欠となっているのが提案型営業です。
提案型営業とは、顧客のもつ問題を見極めて、解決策を提案するという営業スタイルです。
提案型営業において提案するのは、「自社商品」という“モノ”ではなく、問題の「解決策」となる“コト”になります。
優先すべきは、顧客の抱える問題の解決であり、自社商品の提供はそのための手段に過ぎないという考え方です。
事務機器の販売なら、まずはOA環境で顧客が困っている点やその原因を詳細に聞き出すことから始めます。
また、顧客の事業内容全般を分析し、顧客にとって最もメリットの大きいOAシステムをともに考えるという姿勢も必要です。
パンフレットなどで自社商品の説明をするのは その後です。
大切なのは、相手をうならせる「感動を呼ぶ提案」「理知的な提案」ができるかどうかです。
商品の特徴をつぶさに検討して、どの特徴をどのようなセールストークに展開するか、気の利いた材料を揃えて、あらかじめシナリオ(セールスプログラム)を作成しておく必要があります。
顧客との関係づくり
提案型営業の大きな特徴は、顧客との長期的な関係構築をめざすという点です。
顧客との関係を自社商品の販売のみを目的とした営業では、商品が売れれば その顧客との関係は終了あるいは稀薄となってします。
販売済みの顧客に対しては、「手離れ」をよくして、新規顧客の開拓に注力していくというのが売り込み型の基本的なスタンスです。
一方、提案型営業は顧客との長期的な関係構築をめざします。
最初の販売で顧客の問題を解決できたとしても、今後も問題は必ず発生し続けます。
このような問題を継続的に解決していくことで、顧客との関係はより強固になり、自社をなくてはならない存在と認めてもらうことができるのです。
提案型営業においては、「手離れ」という発想はありません。
また、顧客の抱える問題には、誰でもすぐにわかる顕在化している問題もあれば、顧客自身すら気づいていない潜在的な問題もあります。
顧客が当たり前のように採用している業務設計のなかに大きな問題が隠れていることも多いものです。
提案型営業は、顧客の問題解決を対象にした営業活動ですから、顕在化している問題だけでなく、潜在的な問題解決にも踏み込んでいくことでビジネスチャンスは広がります。
ただし、その際、いかにも表面的な提案しかできなければ逆効果となってしまいます。
提案型営業を行うためには、営業マンには今までの売り込み型営業とは異なるレベルの問題解決能力が求められます。
顧客視点
売り込み型営業では、「自社商品が優れているから」「自社の売上になるから」「自分のノルマが達成できるから」、といった「自分の都合」が出発点になっています。このような姿勢では顧客の心は動きません。
一方、提案型営業では、「顧客の問題は何か」「顧客の利便性は高まるか」「顧客の予算感覚はどの辺りか」、といった「顧客の都合」を出発点としますから、自分の都合の優先順位は下位に位置します。
そして、このような姿勢を貫くことで、顧客からの信頼感が得られ、結果として自社商品が売れることをめざします。
自社の利益は、単なる商品の対価として得られるのではなく、顧客の問題解決への対価として得られることを理解しなければなりません。
自社の営業マンの報告書(日報)や営業会議で話されている内容を、上記のような視点で確認することが欠かせません。
顧客視点が全員に浸透していないままの報告や会議は、たんなる愚痴や言い訳に過ぎず、いくら繰り返しても成果にはつながりません。
また、本当の意味での提案型営業は個々の営業マンの力だけでは実現しません。
たとえば、顧客の問題解決に最適な手法を見つけたとしても、それに対応する自社商品のラインアップ(品揃え)がなければ売ることはできないのです。
提案型営業の最前線で活躍するのは営業マンですが、設計・開発部門や製造部門も営業マンと一体となって、顧客の問題解決に必要な商品・製品を開発・製造する必要があります。
自社商品を忘れる
自社の商品を他社商品より多く売らなければならないというプレッシャーがないなら、提案は簡単で、楽しいものといえます。
顧客のメリットを教えてあげるだけだから、どんな人にも必ず喜ばれます。ですが、若手営業マンの中には、提案型営業を単なる顧客奉仕と区別できない人が大勢います。
「しかし、よい関係をつくれば・・・」と彼らは反論しますが、「よい関係はよい関係で、商売そのものとは違う」のです。「しっかりした商売関係が最もよい関係」だというべきかもしれません。
こう考えると、提案型営業のポイントは、自社商品(サービス)を受け入れる動機づくりにあるという要素が明確になってきます。
提案型営業の手順
1 業界・顧客状況の把握
提案型営業を行う会社が属している業界の特性や動向を把握します。
顧客の問題を解決するための営業ですから、この部分がおろそかになっていると顧客と満足な話ができません。
業界の商慣習・専門用語、業界がおかれている経営環境、技術動向、法規制、競合動向などを調べておきます。
また、顧客の業績推移、事業内容、経営戦略、組織体制、経営者プロフィールなどについても把握しておくことが必要です。
2 顧客との信頼関係(リレーションシップ)の構築
相手が本音を話してくれなければ提案型営業は成立しません。
まずは、自分がどのような姿勢で営業活動をしているかなどを丁寧に伝え、一定の信頼獲得をめざします。
この段階では、顧客から求められない限り、自社商品の詳細な説明などは控えたほうがよいでしょう。
商品を売り込むのではなく、顧客の問題解決への貢献を通じて、よりよい関係を築いていきたいという誠実な姿勢を示すことです。
3 問題のヒアリング・掘り下げ
一定の信頼関係ができたら、顧客の問題についてヒアリングしていきます。
ただし、相手がスラスラと問題を整理して話してくれることはまずありません。
営業マンは、事前に調べた情報から、顧客の抱える問題について自分なりの仮説をもっておく必要があります。
仮説に従って「この点はどうですか」という質問を繰り返すことで、問題を掘り下げていきます。
また、顕在化(目に見えている)された問題の背後には、その原因となっている潜在化された本質的な問題があることが少なくありません。
たとえば、利益低迷という問題の背後には、「社員のコスト意識の低減」「ムダ・ムラ・ムリ」といった本質的問題があります。
どこまで掘り下げて解決すべき本質的な問題をピンポイントで特定できるかが、重要になります。
4 課題の整理・選択
特定した問題を解決するために取り組むべきこと(課題)を整理します。
通常は、一つの問題に対して複数の解決策候補があげられます。
たとえば、A、B、Cの3つの解決策候補があげられるとしたら、それぞれの解決策のために自社のどの商品が適しているかについて説明します。そして、それぞれの解決策について効果の度合い、実現可能性、必要なコスト・手間などの観点から評価を行い、実際に取り組むべき課題を決定します。
この段階においても、営業マンはどの課題に取り組むべきか、あらかじめ仮説を立てておく必要があります。
そして、顧客との対話のなかで、顧客が自分の意思で課題を選択するような流れをつくります。
ここで大切なのは、実際には、自社商品のなかでもっともグレードが低い商品でも、問題を解決できるとわかっていながら、利幅増やすために高グレード商品を勧めるような姿勢は取ってはならないということです。顧客の利益よりも自社の利益を優先させたのでは、提案型営業の意味はありません。今回に限って高い商品が売れたとしても、長期的な関係強化は期待できないでしょう。
5 具体的な商品提案
自社商品の導入を含む企画・提案書を作成します。
ここまでの段階で顧客との十分な話し合いができているはずですから、提案書は顧客とともに問題解決を図っていくための「共同計画書」という意味合いになります。
たとえば、アフターサービスは、単なる商品のメンテナンスではなく、導入してもらった自社商品を顧客の問題解決に役立てるためのサービス全般を請け負う、という位置づけになります。
6 さらなる関係強化
顧客の問題解決を「共同計画書」に沿ってサポートします。
顧客の当面の問題解決を見届けることが、今回の提案型営業のさしあたってのゴールとなります。
また、新たに発生する問題、顧客がまだ気づいていない潜在的な問題などについても、ともに解決策を考えていきます。
直接的には自社商品の販売につながらないような問題であっても、親身になって一緒に考えて解決策を探ることで、関係を一層強化していきます。
このような取り組みを継続していくことにより、顧客にとって不可欠な存在としての地位を固めることができるのです。
敵を知り己を知らば百戦危うからず
提案型営業は、以下の要素をまず知って、その後一つ一つ納得させて行くことと理解すれば、毎回の営業訪問も意味のあるものに変わっていくでしょう。
1.対象は売りたいものにどれほど関心を持っているか
2.対象の本当の興味はどちらを向いているのか
3.購入の障害となるものは何か
4.対象は他の何と比較対照して意思決定するか
5.どんなメリットを示せばのって来るか
6.意思決定に追い詰めることができるか
実践のためのポイント
提案型営業実践のためには、個々の営業マンの意識改革・スキルアップが不可欠です。ただ、それだけでは十分ではありません。個々の営業マン・営業部門のみならず全部門が一丸となって、提案型営業対応組織に転換していくことが求められます。
営業部門の見直し
自社の営業を売り込み型から提案型に転換することを、営業部門のメンバーが理解して、日々の行動にどのように反映させていくべきかを共通認識する必要があります。
提案型営業で売るのは「モノ(商品)」ではなく、「コト(問題の解決策)」であり、目的は「目先の商品版売」ではなく、顧客との「長期的な関係強化」です。
売るもの、ゴールが違えば、当然ながら営業の進め方もまったく違ってきます。
対象企業の抱えている問題の理解、問題の掘り下げ、顧客と共同での問題解決などは売り込み型営業では あまり経験がなかったことでしょう。
営業マンは、情報集力、ヒアリング能力(聴く力)、問題解決能力などを大きく向上させる必要があります。
また、営業部門全体としての提案型営業の体制づくりとして、
・教育プログラムの作成
・営業の標準化(提案型営業マニュアル)の作成
・各ステップに応じたチェックシートの作成
・営業活動に対する指導(営業同行、行動管理)
・お客様の抱える問題についてのデータベース化
・問題解決成功事例・失敗事例のデータベース化
・営業マンの評価方法の見直し(顧客との「関係強化の度合い」を評価するなど)
など、営業全般のマネジメントに対する改善が求められます。
全社レベルで提案型営業を推進
提案型営業では、「自分(自社)」ではなく、「顧客」をすべての出発点にする必要があります。
そのためには、営業部門だけではなく、すべての部門が顧客の立場で考えること、会社全体が顧客の利益のために有機的・機動的に動けることなどが大切になります。
たとえば、製造部門がどんなに「高品質」であると自負する商品を作っていたとしても、その商品がほとんどの顧客の問題解決に役立たないのであれば、自己満足でしかありません。また、仕入れ方法に無駄があり、顧客が「割高」と感じるような提示の仕方しかできなければ商品は売れません。
まずは、社長自らが提案型営業の重要性や自社ならではの提案型営業のあり方などを、全社員にきちんと説明し、次のような改革を行うことを宣言します。
・すべての部門が「自部門優先」から「顧客優先」に発想を変える
・各部門における顧客優先の定義を明確にする
・各部門が提案型営業における自部門の役割を認識する
・営業部門以外でも顧客情報の収集を行う