実践に生かす苦情対応のロールプレイング
クレームに対する本音
「クレームを自社にとって顧客の生の声を聞くチャンスととらえよう」「クレームは自社のファンづくりの第一歩である」「クレームを改善・解消することで自社の商品・サービスが向上する」など、これらは、クレームに関してよく言われることです。
わざわざ労力を使ってクレームを言ってくる人は自社の商品・サービスに関心を持っている顧客であるといえ、彼らのクレームを解消することができれば、彼らが自社のファンとなる可能性は高いでしょう。
また、クレームによって、社内にいると慣れて見えなくなった自社商品の改善点を知ることができます。
それを商品に反映することによって、商品の質が向上することもあるでしょう。
とはいえ、実際にクレームに遭遇したときには、やはり「クレームは怖い、嫌だ、避けたい」という思いを抱くことが多いはずです。
「実際にクレームに対応するときには嫌な思いをする。クレームを前向きにとらえることは難しい」「感情的にクレームを言ってくる顧客に対して『ご指摘くださってありがとうございます』という感謝の気持ちは、なかなか抱くことができない」というのが、クレームに対する本音かもしれません。
クレーム対応ができるようになるには
「怖い、嫌だ、避けたい」というクレームですが、逃げていてはいつまでたっても怖いままです。
このような状態でクレームを受けると、対応方法が分からずに右往左往し、顧客に不信感を抱かせてしまうかもしれません。
場合によっては、さらに大きなトラブルに発展することもあります。
これを避けるためには、当たり前のことですが、クレーム対応を身に付け、クレームに正面から取り組むしかありません。
書籍や研修などでは、クレーム対応について「顧客の立場に立つこと」「顧客の話を最後まで聞くこと」、といったさまざまな心構えや基本となる姿勢などが紹介されています。
しかし、心構えをどれだけ暗記していても、それだけで実際にクレーム対応ができるようになるわけではありません。
最も早くクレーム対応ができるようになるには、クレームの現場で場数を踏むことが必要です。
さまざまなクレームを体験し、その対応を行うことで、自分の中でクレーム対応の経験値が増えていきます。
その結果、自分なりのクレーム対応スタイルができあがり、それが自信となって「怖い、嫌だ、避けたい」という気持ちを克服することができるようになります。
クレームの現場で場数を踏み、経験値を増やすには、
・率先してクレーム対応に取り組む
・先輩や同僚からクレーム対応の体験談を積極的に聞く
といった方法が考えられますが、それだけではなく、日ごろから実践に生かせる訓練を行うことが大切です。
テキストに記載されているノウハウをそのまま暗記するだけではクレーム対応はなかなか身に付きません。
訓練に参加した従業員が自分の頭で考え実際に行動するような訓練を行えば、参加者はクレーム対応を体で覚えることができます。
ロールプレイング
ロールプレイングは、3人1チームで行い、「クレームを言う顧客」「クレーム対応者」「審査員」の役を演じます。
クレームの対象となる商品、クレームを受ける方法(電話あるいは来社・店など)・社内的に原則として決まっているクレーム対応の落としどころ(原則として必ず責任者が顧客を訪問する、など)といった基本的な設定だけ決めておき、クレームの内容などは顧客役のアドリブに任せます。
顧客役は、できるだけ顧客の気持ちになって、これまで実際に受けたことのあるクレーム内容を踏まえたアドリブを心がけます。
また、審査員役はやり取りの一部始終を観察しながらクレーム対応役の対応などを評価します。
3人1チームのロールプレイングは3回行います。
1回目のロールプレイングの後、日を改めるか、時間を改め、役割を変更して2回目・3回目のロープレを実施します。
例えば、顧客役(従業員A)・クレーム対応役(従業員B)・審査員(従業員C)だった場合は、次に顧客役(従業員C)・クレーム対応役(従業員A)・審査員(従業員B)などのように、全員の役を変更します。
ロールプレイングにおける登場人物の役割・準備・効果
このロールプレイングでは登場人物である3人がそれぞれの役割を演じるため必要な準備をし、役割をこなすことによって効果を得ることができます。
顧客役の役割・準備・効果
1 顧客役の役割
(1)できるだけ顧客の視点を持ち、顧客になりきる
(2)これまでのクレームの実例を反映する
これが、顧客役が果たす役割です。
ロールプレイングは、生きたクレーム対応を訓練する場です。そのため、顧客役は、顧客になりきってできるだけ実際に受けそうなクレームを言うようにします。
特に「これまで自分が実際に顧客から受けて困ったクレーム」「自分が言われたら対応に困ると思うクレーム」を言うとよいでしょう。
また、顧客になりきって、クレーム対応役の態度や言い回しがよくない場合は、怒りを表現してもよいかもしれません。
意図的にクレーム対応役が対応しやすいようなクレームを言ったり、「同じ仕事をしているからクレーム対応役の言い分も分かる」と途中でクレームを取り下げたり、自ら雰囲気を和らげるような言動を取るのはやめましょう。
それではクレーム対応役にとって訓練になりません。不満を感じている顧客になりきって、緊張感を演出しながらロールプレイングに取り組むことが大切です。
2 顧客役の準備
(1)自社商品(自社)の強み・弱みを分析する
(2)クレームの実例と対応方法を把握する
これが役割を果たすために顧客役に求められる準備です。
自社商品の機能・特徴を理解し、自社の強み・弱みをしっかりと分析しておくことで、「このことについてクレームを言われたら困るだろう」と感じる点、あるいは「この点についてクレームを言われたらどのように対応するのだろう?」と疑問に思う点が見えてくるはずです。
さらに、より実践に生かせる訓練にするためには、これまで自社が受けたクレームの実例と対応方法を把握しておき、対応が困難だったクレームや大きなトラブルに発展してしまったクレーム、比較的高頻度で受けるクレームなどをロールプレイングに使うようにしましょう。
3 顧客役の効果
これまで紹介してきた役割と準備を行うことで、顧客役はこれまで以上に自社商品や自社についての理解を深めることができます。
同時に、強みや弱みの分析は今後の商品開発や営業活動に役立つでしょう。
また、クレームの実例と対応方法から、さまざまな顧客の視点を明らかにすることができます。
自社商品や自社に対する顧客の視点を知ることで、クレームを受けてから対応するのではなく、クレームが発生しないよう顧客の立場に立って商品開発や営業活動を見直すことができるでしょう。
クレーム対応役の役割・準備・効果
1 クレーム対応役の役割
(1)緊張感を持ったクレーム対応を心がける
(2)できるだけ自分の言葉での対応を心がける
これが、クレーム対応役が果たす役割です。
実際のクレーム対応を想定して行うロールプレイングであるため、緊張感が不可欠です。
毎日顔を合わせている同僚が顧客役だからといって、気を抜いてはなりません。
「今の間違えた、もう一回やり直し」などは、実際のクレーム対応の現場ではあり得ません。
実際の場面では細心の注意を払って対応に臨むはずです。
そこで、ロールプレイングが一度スタートしたら、緊張感を保って最後までやり遂げるよう、自分で自分に言い聞かせましょう。
ロールプレイングは、実際のクレーム対応とは違って「自分のクレーム対応力を試すチャンスでもある」のです。もちろん、クレーム対応マニュアルを把握することは不可欠です。
しかし、マニュアル通りに対応するだけではなく、顧客役のアドリブに対してできるだけ自分で考え、自分の言葉で対応するよう心がけてみましょう。
これによって、とっさに出てしまう自分のよくない口ぐせや話しやすい言い回しなどが自分で認識できるはずです。
2 クレーム対応役の準備
(1)クリアしたい目標を設定する
(2)自分が行ってきたクレーム対応を復習する
これが役割を果たすために顧客役に求められる準備です。
社内の従業員同士で行うロールプレイングでは、緊張感を持って臨むのが難しい場合があるはずです。
どうしても実践と全く同じ気持ちにはなれないかもしれません。
そこで、緊張感を保ち集中してロールプレイングに取り組むために、これまでの自分のクレーム対応を振り返り、クリアしたい目標を設定しておきます。
例えば、どうしても謝罪や説明が回りくどくなり、顧客に「結局何が言いたいの?」と言われた経験がある場合は、「顧客が理解しやすい明確な説明で安心感を与えること」を目標にしてみるとよいでしょう。
また、クレーム対応では、第一に顧客の状況把握が重要です。
そこで、「どんなに怒っている顧客からでも焦らず正確に状況を聞きだすこと」を目標にするなども考えられます。
3 クレーム対応役の効果
クレーム対応役が得られる効果は、第一に生きたクレーム対応を学ぶことができることです。
実際に自分の頭と言葉を使って行う訓練は、頭で理解するだけではなく体で覚えることができます。
また、ロールプレイングの中で、自分で設定した目標をクリアすれば、自信にもつながります。
こうして自分のクレーム対応スタイルが構築されていきます。
審査員の役割・準備・効果
1 審査員の役割
(1)クレーム対応役の対応を評価する
(2)ロールプレイング全体を評価する
これが審査員が果たす役割です。
審査員は、ロールプレイングに参加してやり取りをするのではなく、ロールプレイングを見て評価するという立場です。
顧客役は顧客の気持ちになって、クレーム対応役の対応や印象について判断することができますが、客観的にクレーム対応役の対応を評価するのが難しい場合があります。
そこで、審査員がクレーム対応役の対応を客観的に評価します。
同時に、審査員はロールプレイング全体を評価します。
例えば、クレーム対応が一段落するまでの時間を計ったり、やり取りを聞いていてよいと思った点・よくないと思った点などをチェックし、ロールプレイング後に顧客役・クレーム対応役にフィードバックします。
2 審査員の準備
(1)クレーム対応のチェックポイントを挙げる
(2)クレーム対応の成功例・失敗例を整理する
これが役割を果たすために審査員に求められる準備です。
審査員は、これまでのクレーム対応の成功例・失敗例を学び、「クレーム対応の中ではこれが重要だ」と思う点を自分の中で決めておきます。
なお、初めのうちは、どれがクレーム対応の成功例で、どれが失敗例かを判断するのが難しいかもしれません。
その場合、顧客の反応を重視し、
・クレーム対応の成功例:顧客が謝罪と改善策の提案を受け入れてくれた
・クレーム対応の失敗例:顧客が不快感を増し、謝罪や改善策の提案を拒否した
などのように定義付けておくとよいかもしれません。
「クレーム対応の中ではこれが重要だ」と決めた点に基づいて、ロープレにおけるクレーム対応のチェックポイントを事前に挙げておきましょう。
例えば、「まず、顧客の話をよく聞いてより早く状況把握するのが重要だ」と決めたとすれば、クレーム対応のチェックポイントとしては、「顧客の話の腰を折っていないか」「状況把握にどれくらい時間がかかっているか」「顧客の話の内容を正確に理解しているか」などの点が考えられます。
3 審査員の効果
審査員は、ロールプレイングを通して「クレーム対応の重要なポイントは何か」を考えるようになります。
また、「クレーム対応役の○○という発言に対して顧客役は少し態度が険しくなった。本当は△△のように言えばよかったのではないか」「今のロールプレイングでは出てこなかったが、ほかに○○のような内容の改善策を提案すればよいのではないか」などのように、さらによい内容のクレーム対応を考えることができます。
こうした審査員の意見が反映されれば、全体的にクレーム対応のレベルが上がっていくでしょう。
ミーティング
実践に生かせるロールプレイングによるクレーム対応の訓練が終わったら、顧客役・クレーム対応役・審査員全員が参加してミーティングを行います。
このとき、ロールプレイングの感想のほか、それぞれの登場人物が次の点について発表するようにします。
1 顧客役(クレームの選定理由)
今回のロールプレイングでそのクレームを言った理由を発表します。
顧客役は、自社商品(自社)について分析を行い、これまでのクレームの実例と対応方法を把握した上で、顧客役として言うクレームを決めています。
クレームを選んだ理由を発表すると、顧客役が準備した「自社商品への分析」「これまでのクレームの実例と対応方法の中で注目すべき点」を、ほかの参加者が知ることができます。
2 クレーム対応役(設定した目標と達成度合い)
今回のロールプレイングでクリアしたいと設定していた目標を発表します。
クレーム対応役は、これまでの自分のクレーム対応を振り返った上で目標を設定しています。
この目標はクレーム対応の実体験に基づいているため、ほかの参加者が参考にすることができます。
また、達成度合いを発表すると、クレーム対応役にとってロールプレイングがどの程度役に立ったかが分かります。
今後、ロールプレイングを見直す際に参考にすることができます。
3 審査員(チェックポイントとその選定理由)
今回のロールプレイングで挙げていたチェックポイントと それを選んだ理由を発表します。
審査員は、これまでのクレーム対応の成功例・失敗例を学び、自分の中で「クレーム対応の中ではこれが重要だ」という点を決めた上で、チェックポイントを挙げています。
チェックポイントを選んだ理由を発表すると、ほかの参加者は、審査員による成功例・失敗例の分析とクレーム対応の重要なポイントを知ることができます。
こうしたミーティングを通じて、顧客役・クレーム対応役・審査員が互いのクレーム対応についての考え方・学んできたこと・姿勢などを共有することができます。
ほかの参加者の考え方などを知り、それに対して再び自分の考えを整理することで、新しいクレーム対応の方法が見えてくるかもしれません。
また、ロールプレイングによるクレーム対応の訓練は、参加者全員が何らかの役割を持ち、自分の頭を使って考え、参加するものです。
そのため、誰も傍観者になることなく、全員でクレーム対応について考えることになります。
この「参加者全員がクレーム対応に真剣に取り組む」ことが、ロールプレングによるクレーム対応の訓練で得られる最も大きな効果といえるでしょう。