コトラーが提唱するマーケティング3.0・4.0における戦略

 フィリップ・コトラーは、これまで数多くのマーケティング理論を発表し、様々な研究機関で功績を残してきました。主要な学術誌で発表した論文は100以上にのぼり、多数の著書を出版していることから「マーケティング界の第一人者」と呼ばれています。コトラーが定義したものとして、以下の代表的な経営学用語があります。

『マーケティング・マネジメント』

 マーケティングの目標達成における管理方法を生み出したのもコトラーです。企業がマーケティングを行う上での予算計画、必要な情報システムの整備、組織づくりなどを行う上での仕組みのことを指し、これらを管理することで企業の成長につながるよう設計がなされています。また、コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメントにおいて、この用語を踏まえての体系的なマーケティングの説明がなされています。

 

コトラーが提唱してきたマーケティング概念の変遷

 2007年に発表された上記の定義では、マーケティングが企業と消費者間の当事者のみならず、社会性も広く意識したものであると見なされています。マーケティング4.0に至るまでの流れは、都度アップデートを繰り返しています。これまで「1.0 → 2.0 → 3.0 → 4.0」と更新を繰り返し、20世紀以降のマーケティングのトレンドを定義し続けてきました。

 

マーケティング1.0:製品中心の考え方(製品中心)

 製品中心のマーケティングを指します。産業革命をキッカケに大量生産・大量消費が可能となったことから、製品管理に重きを置いた概念でした。

 1950年代には「マーケティング・ミックス」という言葉が生まれ、マーケティングにおいては複数の手段を組み合わせた戦略を計画し、実施する認識が広まりました。
 その後、1960年代には「4P分析」のフレームワークが普及し、「Product(製品)」「Price(価格)」「Promotion(プロモーション)」「Place(流通)」の枠組みでマーケティング・コンセプトを策定し、当時のアメリカの製造業部門では欠かせない戦略として機能していました。

 代表的な事例としては、フォード・モーター社の「T型フォード」が取り上げられます。この製品は単一のデザイン・車種のみを販売し、良い商品を大量に作ってマス向けに広告を打てば成功するという象徴的な存在でした。

 

マーケティング2.0:消費者中心の考え方(消費者志向)

 消費者にフォーカスしたマーケティングを指します。1970年代の石油ショックにおけるスタグフレーションをキッカケとし、消費者の買い控えが起こったことにから、この概念が生まれました。従来行われていた戦術的な性格のマーケティング活動が見直され、「顧客」に焦点を当てる戦略的な手法が採用されました。その戦略を「STPマーケティング」と呼び、他社製品との「差別化」が図られる流れが生じました。

 これ以降、4Pの確立よりも「セグメンテーション(Segmentation)」「ターゲティング(Targeting)」「ポジショニング(Positioning)」の3要素の確立が一貫して重視されるようになりました。

 また、その後パーソナル・コンピューターが普及することによって情報技術が発達し、この傾向に拍車がかかりました。かつての機能的な充実のみならず、消費者の「感情」に訴えかけるマーケティングが主流となりました。

 

マーケティング3.0:人間中心の考え方(価値主導)

 「世界をよりよい場所にすること」に焦点を当てた価値主導のマーケティングを指します。コトラーが「ニューウェーブの技術」と定義したソーシャル・メディアの台頭により、マーケティング3.0は生まれました。

 企業は、従来から「差別化」を意識したマーケティングを行ってきたため、21世紀初頭にはその状態の過渡期を迎えつつありました。

 この概念では、従来「消費者(Consumer)」と呼ばれていた人々が「生産消費者(Prosumer)」へと変わることを可能としました。なお、コトラーはソーシャル・メディアを二つの大きなカテゴリーに分類し、それぞれの特徴を記しています。

表現型ソーシャル・メディア

 FacebookやTwitter、YouTube、ブログなどのメディアを指します。消費者が自分の意見や経験によって他の消費者に影響を与えることが簡単にできるようになり、こうした「クチコミ」を生かしたマーケティング施策を行う企業も出てきました。ソーシャル・メディアの低コストで情報発信ができる特性に目をつけた企業は、テキストマイニングソフトなどを用いて市場の声を分析するようになりました。

協働型ソーシャル・メディア

 百科事典の「ウィキペディア」や、クチコミグルメサイトの「食べログ」などがこれに当てはまります。開かれたプラットフォームで参加者が自由に編集作業を行い、集合知の力を最大限に活かしたメディアは、マーケティング担当者のこれまでの動きを一変させました。

 マーケティングにおいて市場の声に耳を傾けざるをえなくなり、消費者と共に製品・サービスの価値創造を行うようになりました。こうした概念を「共創(Co-Creation)」と呼びます。

 また、国際化によって地球温暖化や人種差別など、さまざまな社会問題が消費者にダイレクトに認知されるようになったことも、消費者の価値観の変化に大きく影響しました。このように多く人がつながれる環境により、マーケターは消費者の精神性を無視できない時代へと変化したのです。

 

マーケティング4.0:自己実現の考え方(自己実現)

 マーケティング4.0は「自己実現」がキーワードのマーケティングです。そしてこの自己実現は、神経病理学を研究していたクルト・ゴールドシュタインによって用いられたとも言われています。

 マーケティングの変遷は、アメリカの心理学者のアブラハム・マズローが人の欲求を5段階で提唱した「欲求五段階説」理論にも当てはまり、マーケティング4.0は5段階目の「自己実現欲求」、人々が「あるべき自分」になりたいと願う欲求をポイントとしています。

マズローの「欲求五段階説」

 ・生理的欲求(食欲・性欲などの本能的な欲求)

 ・安全欲求(快適な暮らしに対する欲求)

 ・社会的欲求(所属意識・仲間が欲しいという欲求)

 ・承認・尊厳(承認欲求)

 ・自己実現欲求(ありたい自分になる、あるべき自分でいる)

 マズロー欲求五段階説において、コトラーは、人間はすでに「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」までの段階は満たされていると唱えています。そのため現在のマーケティングは「自己実現」にフォーカスし、「自己実現欲求」こそ人間が本来満たすべき欲求であることを提言しています。

 現代の世の中にはモノや情報があふれ、欲しい物は簡単に手に入るようになりました。情報が不足していた時代とは異なり、現代のマーケティング4.0には、人々の生活や価値観の変化をなぞらえたマーケティングが必要です。ターゲットが考える自己実現を探ることが現代マーケティングのカギを握っていると言えるでしょう。

 また、マーケティング4.0が極めて短期間にアップデートされた理由としては、コトラー曰く、「これまで消費者に発生していた『買う 買わない』の判断に変化が起こったこと」が所以だそうです。

 商品を入手した後も、個々人で独自にカスタマイズをし、購買後のプロセスまでもを加味する傾向を無視できなくなったため、マーケティング3.0の発表から10年経たずにマーケティング4.0が発表されたのです。

 

コトラーのマーケティング4.0に必要とされる「3i」

 あふれる情報とソーシャル・メディアの台頭で、世界中の消費者がつながりを持つ現代では、顧客の力はますます強いものになっています。そのため、マーケティングはもう一段階進み、消費者の不安や欲求を本質的に理解して消費者の自己実現を達成する手段を提供する必要があります。

 消費者の自己実現を達成する手段を提供するために、「3iモデル」の概念があります。3iとは、ポジショニング・ブランド・差別化の要素で構成される「ブランド・アイデンティティ(brand identity)」「ブランド・イメージ(brand image)」「ブランド・インテグリティ(brand integrity)」の3つの「i」の視点のことで、これら3つの要素をマーケティングにバランスよく取り入れていくことが重要です。

 「ブランド・アイデンティティ(brand identity)」は、ブランドを消費者のマインドにしっかりポジショニングすることです。競合に競り勝ち消費者の関心をひくためには、アイデンティティがユニークで確立していることが必要です。

 「ブランド・イメージ(brand image)」は、消費者の心をしっかりとつかむことです。ブランドは製品の機能や性能も大切ですが、それ以上に消費者の感情的なニーズや欲求にアピールすることが大切です。たとえば、ブランドを有する企業が、将来のビジョンや環境問題へのアプローチなど、独自の価値観を示すことで競合と差別化を図ります。このようなブランドの価値観に消費者は共感し、そのブランドを選ぶことで自己実現欲求を満たすことができるのです。

 「ブランド・インテグリティ(brand integrity)」は、ユニークなポジショニングによってブランドの差別化をはかることです。差別化のポイントによって、消費者のマインドへ訴えかけ、消費者の自己実現欲求を満たす手段を生み出します。

 マーケティング3.0、4.0を実践するには、これら3つの要素をバランスよく取り入れることが重要です。そのために「ポジショニング」「ブランド」「差別化」という面でそれぞれ自社がどういった施策を取っていくのか、それらが3iにどのような影響を及ぼすのかをよく考えていく必要があります。

 

マーケティング4.0の実践例

NIKE

ブランド・アイデンティティ

 世界のトップアスリートに製品を試用してもらうことで、消費者に「かっこいい」イメージを醸成

ブランド・イメージ

 あこがれのアスリートに近づける

ブランド・インテグリティ

 ランニングアプリ「Nike Run Club」など、共有アプリの提供、SNS共有による動画への出演など

 世界中で人気のトップスポーツブランド NIKE。NIKEは、世界のトップアスリートたちに商品を身につけてもらうことで、消費者に「かっこいい」「間違いない」という価値観を持たせることに成功しています。トップアスリートと同じ製品を使うことで、消費者の自己実現欲求を満たし、その製品を着用して挑んだトレーニングやランニング記録をNike Run ClubなどスタイリッシュなアプリでSNSを介した写真・記録を共有可能にすることで、消費者の承認欲求までをも満たすことを可能にしています。また、「JUST DO IT.SHOTキャンペーン」では、自分が頑張った瞬間を切り取った写真に「JUST DO IT.スタンプ」を押してSNSで拡散することで、共有・投稿された写真の一部がムービーに採用される、消費者参加型のキャンペーンとなりました。

 

スターバックス

ブランド・アイデンティティ

 スターバックス

ブランド・イメージ

 上質なサービス・スターバックス体験

ブランド・インテグリティ

 サードプレイス

 広告を使わずに確固たるブランドとして認知度、集客力の高いスターバックス。スターバックスが確固たるブランド地位を確立している理由は、徹底的にこだわった独自のマーケティング戦略によるものです。スターバックスは、「自宅」「会社や学校」以外の「あなたの3つめの場所(サードプレイス)」として、上質なドリンクと接客、心地よい音楽にスタイリッシュなインテリア、Wi-Fiを完備して、消費者にとって「いつでも満足する体験ができる場所」とう印象を植えつけています。また、スターバックスでは、「Our Mission and Value」という行動指針を定めており、従業員一人ひとりがしっかりと遵守することで、顧客が満足する体験を提供しています。満足した消費者がリピーターとなり、別の消費者を誘う。消費者自身が広告塔というマーケティング4.0の理想形を実現しています。

 

レッドブル(Red Bull)

 オーストリアのRed Bull GmbH社が販売する清涼飲料水「レッドブル」は、押し売りの形でマーケティングを行わず、スポーツイベントやミュージックフェスなどのスポンサードを積極的に行い、アクティビティをサポートする存在として商品をPRしています。また、既存のイベントのみをサポートするだけでなく、自分たちで新たにプロジェクトを立ち上げ、個々人の夢や野望を叶えるプロセスも積極的に支援しています。2016年4月には、50ヵ国以上から165の学生チームが集まり、レッドブルを通貨としてヨーロッパ中を冒険する『Red Bull Can You Make It?』というイベントを行いました。このイベントには、日本から3チームが参加し、個々人の想いを胸に旅を繰り広げながら、ひいてはレッドブルが世界に通用することを世界的に知らしめました。オンラインとオフラインの狭間を取っ払い、「参加者と商品が共に世界にインパクトを与えていく過程」が多くの共感を呼びました。

 レッドブルは「ファン」という枠を超えた熱狂的な推奨者「アンバサダー」を積極的に巻き込み、「共創」のカギとなるメンバーが商品の認知拡大に大きく貢献しているのです。

 

イギリスにおける医師の給料のポイント制

 マーケティング4.0は、企業と消費者のあいだだけでなく、従業員の待遇を考える面でも通用する概念です。イギリスでは、かねてから医療費の増大が問題視されておりました。その解決のために、近年「医師の自己実現」に焦点を当てた給料制度が導入されています。医師の給料は病院の収入によって保証されているもので、たとえば、診察でいかに的確なアドバイスをしようとも、患者さんが支払うのはいつも決まった料金です。そのため、医師がいくら献身的な取り組みをしようとも、従来の仕組みでは給料になかなか反映されない問題がありました。この点を踏まえて導入されたのが、健康を維持する患者、病気が改善した患者の数に応じて医師にポイントを与えるという制度です。ポイントは給料に反映され、医師の取り組みが献身的であればあるほど給料も増える仕組みになっています。医師の自己実現とは、本来病院に勤めて給料を貰うことではなく、患者の健康を維持することです。ポイントが付くことで、その自己実現が可視化され、医師のモチベーションに繋がっているのです。

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