交渉力を高める

交渉力とは

 すべてのビジネスマンにとって、交渉力が重要な能力であることはいうまでもありません。

 顧客との交渉、仕入れ先との交渉、社内的な交渉など日々の業務は交渉の連続です。

1 交渉とは合意に向けた共同作業

 交渉力向上について考えるためには、「交渉」とは何かについて確認する必要があります。

 私たちは、交渉についてその重要性を認識していながらも、同時に「交渉とは強引に相手を言いくるめて、自分の主張を押し通す」ことと考えてしまいがちです。しかしながら、交渉とは、「物事に白黒決着をつけること」でもなければ「相手を打ち倒すこと」でもありません。

 交渉とは、利害の異なる双方が歩み寄って、合意を形成し合いながらビジネスを前に進めることです。たとえば、売買交渉で売り手と買い手の提示する値段に大きな差があり、互いに一歩も引かないとすれば、双方にとって何のメリットもありません。時間と労力を浪費するだけです。そこで相手を「敵」ではなく「パートナー」として認識して、妥協点を見いだしていく交渉が必要になります。

 交渉とは、自社のメリットのみを利己的に追求していくことではなく、お互いのビジネスを前進させるために不可欠な潤滑油といえるのです。

 

2 理想は両者の利益の最大化

 理想的な交渉とは、互いの利益の総和を最大にすることです。

 理想的な交渉を示すため、によく取り上げられるのが「オレンジの分配」という話です。

オレンジの分配

 ある姉妹が1つのオレンジを取り合っています。どちらかが強引に奪った場合、相手には大きな不満が残ります。結局半分に切って分け合うことになりましたが、最後にもう一度話し合ってみると、妹はオレンジの実が食べたい、姉はケーキを作るためにオレンジの皮が欲しいということがわかりました。そこで、オレンジを切って分け合うのではなく、妹はすべての実を、姉はすべての皮を得ることで双方が100%満足することができました。
 実際のビジネス交渉でも、相手の本当のニーズを確認してみると話がまとまることはよくあります。たとえば、Aという商品の売買交渉が価格面で難航していても、買い手のニーズはAよりもグレード・価格の低いBという商品で十分満たせることがわかれば、売り手と買い手の双方が満足できる交渉結果が得られることになります。

 交渉では、表面的な対立事項にのみとらわれるのではなく、双方の本当のニーズを踏まえたうえで、問題を解決していく姿勢が求められます。

 

交渉者の要件

1 社会人としての常識・業界知識が十分に身についている

 交渉者は次のような基本要件を備えている必要があります。特に社外交渉において要件不足の社員に対応させることは、交渉の成果が期待できないばかりか、先方との関係悪化にもつながりかねません。

 すべての交渉は人と人との間で行われます。そして、ビジネスにおける交渉は、社会人同士、特定の業界人同士で行われます。

 交渉に当たっては、少なくとも自社の社員が相手から「交渉者としてふさわしい人間である」と認めてもらわなければなりません。

 服装がだらしなかったり、基本的な挨拶ができない人は相手にされません。

また、業界の慣習や専門用語がわからなければ話は進まないでしょう。

 会社の代表として交渉役を任せる以上、これらの点は十分に教育しておく必要があります。

ポイント

・挨拶、服装、身だしなみ、言葉遣い(敬語・丁寧語)などの基本的なマナーを習熟している(基本動作)

・自社の業務内容・業務プロセスなどを正確に理解している

・自社業界の商慣習・専門用語、業界がおかれている環境、競合動向などを十分に理解している

 

2 十分な対人感受性がある

 対人感受性とは、相手の立場や心情を理解し、それに応じた自分の言動によって、より良好な人間関係を構築する能力のことです。交渉が合意に向けた共同作業である以上、対人感受性は不可欠な要素となります。

ポイント

・自分と相手の双方のおかれている状況を客観的に認識できる

・相手の話を真摯に最後まで聞くことができる

・相手が話したくなるような相づちが打てる

・相手の発言の目的(伝えたい、共感してほしい、意見が聞きたいなど)を理解できる

・話の内容だけではなく、話し方、表情などから情報を補足できる

・要点や全体の構成を整理して話すことができる

・自分が伝えたい情報(事実、考えなど)を相手に正確に伝えることができる

・相手が聞きやすい、聞きたいと思う話し方ができる

 

3 一定の論理的思考力がある

 論理的思考とは、物事を「筋道を立てて考える」ということです。交渉に当たっては、なぜ自分がこのような条件を提示するに至ったかを相手に説明する必要があります。

 提示内容に論拠が薄く、たんなる自分の「主張」に止まっている場合は、説得力がありません。また、実際の交渉の流れのなかで、双方が納得できる着地点を探る際には論理的思考をフル回転させる必要があります。

ポイント

・物事を「、客観的事実」「推測」「主張」に分けて考えることができる

・何かを主張するときには、必ず「論拠」を示すようにする

・物事を、「イメージ」ではなく、できるだけ「数字」で捉えようとする

・表面的な事象にとらわれずに、因果関係に沿って問題の本質を深掘りすることができる

・業務に取りかかる前には、その目的とゴール(達成すべき姿)を意識している

・何かを決定する前には、まずは複数の選択肢を設定して、比較検討している

・つねにメリット・デメリットの両面を意識している

・一見すると解決不能に思える制約条件についても、解決に向けた前向きな思考をする

・自分のおかれている状況や議論の流れについて常に客観的に捉えることができる

・目標末達成の場合には、なぜそうなったのかを自己分析し、改善につなげることができる

 

4 「交渉」についての正しい理解がある

 交渉の目的は、ともに歩み寄って「双方の利益の最大化を実現すること」にあります。むやみに攻撃的になったり、逆に相手の言いなりになっていては、よい交渉結果は得られません。社員を交渉の場に送り込む際には、彼らが交渉について正しく理解しているかどうかを確認することが大切です。

 

交渉成功のためのポイント

1 交渉準備

 交渉の成否は準備段階で大半が決まるといっても過言ではありません。

 交渉する本人にじっくりと考えさせるとともに、上司はきめ細かい指導を行うことが大切です。

(1)「目的」と「ゴール」を明確にする

 通常、ビジネスの交渉は1回で決着するものではありません。これから何度か行う交渉によって、何をめざすのかが交渉の「目的」です。

 自社商品を販売する交渉では、最終的には「商品販売」が目的となります。

 目的を設定する場合には、その妥当性についての確認が大切です。たとえば、交渉先の信用状況が明らかに低下しているのに、高額の商品を販売することは、現金決済である場合を除いて適切とはいえません。

一方、「ゴール」とは、次回の交渉終了時にどのような状態を実現すべきか という短期的な目標です。

 たとえば、交渉全体のステップが、

 ①担当者の理解を得る

 ②決裁権者の承認を得る

 ③契約書に合意してもらう

となっている場合には、初回交渉のゴールは「①担当者の理解を得る」ということになります。

 交渉を行う前には必ず目的とゴールを確認しておくことが必要です。

(2)自社の「マスト(MUST)要件」と「ウォンツ(WANTS)要件」を明確にする
 マスト要件とは、交渉のなかで自社が絶対に死守すべき条件です。たとえば、販売交渉においては、売り手にはこれ以上下げられない値引きのラインがあるでしょう。相手がそれを大幅に上回る値引きを迫ってきた場合には応じることはできません。

 一方、ウォンツ要件とは、マスト要件以外にさらに獲得できたら好ましいという要件です。

 マスト要件死守のためには、切り捨てても構わないという交渉材料です。たとえば、値引率の下限をマスト要件にした場合には、「販売数量」「支払い条件」などがウォンツ要件として考えられるでしょう。

 交渉を行う前には、マスト要件とウォンツ要件を明確に認識する必要があります。ウォンツ要件をすべて通すことができても、マスト要件が死守できなければ その交渉は失敗です。

(3)交渉相手の情報を入手する

 交渉相手に関する情報を事前にできるだけ多く入手しておくことで、よりスムーズな交渉が期待できます。

 具体的には、次のような情報が役に立つでしょう。

・業界情報

 市場、競合、新技術、他業種からの参入、法規制、業界慣習、業界共通の課題など

・企業情報

 経営理念、経営戦略、経営者、強み・弱み、主要事業・商品、意思決定プロセス、主要取引先、業績推移、財務状態、組織体制、新規事業進出や撤退の状況、業界内の評判など

・交渉相手の情報経歴、年齢、社内でのキャリア、決裁範囲、責任範囲、主要関心事、性格など

 情報入手の方法としては、インターネットや業界紙の活用などが一般的でしょう。また、可能であれば取引先などからの生の情報を集めます。

(4)先方の反応を予測して交渉をシュミレーションする

 自分が示す条件について、相手がどのような反応をするかを予測して、あらかじめ交渉のシミュレーションをしておくことも大切です。たとえば、こちらが希望する販売価格を提示した場合には、その根拠を求められることも多いでしょう。

 自社商品の特徴や競合品に対するメリットなどを、具体的に、かつ、できるだけ数字で示す準備をしておかなければなりません。また、交渉が進んでくれば、「提案されている倍の数量を発注するから、もう少し値引きしてくれ」といった要求をされることもあるでしょう。想定問答を十分に行っておきましょう。

 

2 交渉中

 交渉中は、相手が今何を感じているか、どうしたいと考えているかなど、相手の心情をつねに理解することを心掛けます。

(1)信頼関係を構築する

 交渉のスタート段階では相手との信頼関係構築に努めます。まずは相手が交渉の場についてくれたことに礼を述べることから始めます。そして自分はこちら側の都合を押しつけるのではなく、双方が納得できる交渉結果をめざしているという真摯な姿勢を示します。

(2)相手のニーズを引き出す

 交渉は相手に先に話をさせて、こちらがそれに応える・質問するという流れをつくることが基本です。

 相手に気持ちよく話をさせて、より多くの情報を引き出すためのポイントには、次のようなものがあります。

 ・相手の話を遮らない、最後まで聞く

 ・適切な「相づち」や「うなずき」を入れる

 ・特に重要な部分では相手の言葉を要約して繰り返す

 ・メモを取りながら聞く

 相手の話を最後まで聞いたら、疑問点を質問します。

 質問にはオープンクエスチョンとクローズドクエスチョンがあります。

①オープンクエスチョン

 相手が自由に答えられる質問
 そのテーマについて幅広い情報を得たい場合に有効

 例)御社は仕入れに当たって、どのような点を重視していますか?

②クローズドクエスチョン

 イエスかノーの答えを求める質問
 こちらが聞きたい点をピンポイントで確認する際に有効

 例)商品Aと商品BではAのほうに関心をおもちですね?

 このように、オープンクエスチョンで幅広い情報を集めたうえで、クローズドクエスチョンで本当に知りたいことを確認するというプロセスを繰り返します。適切な質問によって、相手の本当のニーズを明らかにしていきましょう。

(3)論理的に主張する

 自分の考えを主張する際には、

 ①明確な事実

 ②自分の意見

 ③提案・お願い

の順で説明すると、説得力が増し合意を得やすくなります。

 自社商品の値上げをお願いする際には、以下のような方法が考えられます。

①明確な事実

 世界的に原材料価格が高騰しており、弊社の材料仕入れ費も前年比20%増しになっています

②自分の意意見

社内でもさまざまなコストダウンを行っていますが、品質維持のためには限界がきています

③提案・お願い
 ついては5%の値上げにご了承いただけないでしょうか

(4)妥協点を見いだす

 交渉で双方が歩み寄るということは、それぞれがマスト要件を死守しながら、ウォンツ要件を切り捨てていくことです。交渉の過程で先方のマスト要件が見えてきたら、その点は了承したうえで、自分のウォンツ要件をどれだけ通せるかに頭を切り替えます。

 たとえば、相手の値引率の要求が5%であり、それが自分のマスト要件の範囲内であれば、「わかりました。その点については私が上司に掛け合って何とかします」と、こちらが折れたという姿勢を示します。これによって、先方は「自分の主張が通った」(交渉に勝った)という満足感を得ることができるでしょう。そのうえで、「今回は特例ですので、支払い条件を通常よりも短期にしてくれませんか」という具合にお願いするのです。気をよくしている相手がこれを認めてくれれば、自分はマスト要件に加えて支払い条件の向上というウォンツ要件を獲得したことになります。

 このようにできるだけ相手に満足感を与えながら、自分にとって有利となる落としどころを探ることも交渉の重要なテクニックのひとつです。

 

3 交渉後

 交渉後には、今回の交渉についての振り返りを行います。

 最終的な交渉結果の善しあしだけではなく、準備段階も含めた交渉プロセス全体について、反省点や今後の課題などを明確にします。交渉した本人による振り返りだけではなく、上司がきちんと指導することが大切です。

 また、交渉が「うまく行きすぎた場合」にも注意が必要です。今回の交渉だけに限定して考えれば、大成功といえなくもありませんが、通常は相手との取引は今後も続くはずです。相手が無理強いされたという不満をもち、それが「不信」につながるようであれば、長い目でみれば決して好ましいことではありません。交渉後の振り返りは、双方が十分に満足できたかどうかという視点から行うことが大切です。

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