なぜ自分の指示が伝わらないのか

 「なぜ、自分の指示が部下にうまく伝わらないのか?」、このような疑問を抱いたことのある社長の方も多いと思います。「きちんと指示しただろう」と苛立ったり、「そんなこと言われなくても常識だろう」とあきれてしまうことさえあると思われます。

 なぜこのようなことが起こってしまうのでしょうか。

1 部下は言葉から「推察」している

 人間は、相手に何か伝えるときは、伝えたいこと(メッセージ)をいったん言葉に置き換え、相手に伝えます。受け取る側はその言葉からメッセージを酌み取ります。ここで注意したいのは、伝える側は「伝える側の感覚」でメッセージを言葉に置き換え、受け取る側は「受け取る側の感覚」で、言葉からメッセージを推察しているという点です。当然ながら、それぞれの感覚がまったく異なれば、伝える側のメッセージは相手に理解されないということになります。このことが指示が部下に正確に伝わらない最大の原因です。

指示事項をきちんと伝えるためには、指示事項だけではなく、指示を出すことになった背景や、さらに物事の考え方や常識といった部分も共通認識としておく必要があります。たとえば、A社長は、最近疎遠になりつつある大口取引先のB社長のことが気にかかっていたとします。「最近B社長から連絡がない。昔はよくゴルフにも誘われたが、それも音沙汰がない。もしかしたら取引を切るためにあえて疎遠にしているのではないか」といった具合に思いを巡らせています。しかしながら、最終的にA社長が部下に発した質問は、「最近B社とはうまくいっているのか」という言葉になってしまいがちです。質問を受けた部下としては、取引量が減っているわけではなく、B社の担当者ともうまくいっているので、「はい、特に変わりはありません」と答える以外にありません。しかし、数ヵ月後にB社の社長から「もっと条件の良い会社が見つかったから、おたくの会社とは取引をやめたい」という連絡が入ってしまいました。もし、「最近B社とはうまくいっているのか」という質問でなく、「B社の社長に直接会って様子を確かめてこい」と指示していたら、このような事態を招かなかったかもしれないのです。

 このケースでは、共通認識がまったくできていなかったことが原因になっています。

 

2 会社が一定規模に達してきたら特に注意

 会社が小さなうちは、取引先や事業内容も限られています。

 そして、社員数も少なく、必然的に会話も多いため、部下は比較的上司の指示の背景を読み取りやすい環境にあります。また、報告を受ける上司も、部下の業務の細かい部分まで目が行き届いているため、その報告の背景を読み取ることができます。

 しかしながら、会社が大きくなってくると、徐々にそれが難しくなってきます。社員がそれぞれ取引先対応や仕事をやるようになり、人数も増えて社員一人ひとりと言葉を交わすことさえ難しくなります。そして、指示どおりの仕事や報告がなされないということがあちこちで起こってしまいます。これを避けるためには、共通認識を構築する土台をつくったり、日々の業務指示の際に注意していくしかありません。

 

経営理念浸透が意思疎通の土台

 「指示の背景」の下に、さらに「常識」という階層があります。これは社会人としてのマナー、仕事の仕方といった すべてのビジネスマンに共通の常識だけではなく、自社の社員としての常識も含まれます。ある問題に直面したときに、他社の社員はこのように対応するかもしれないが、自社社員はこのように対応してほしいという行動原則です。そして、その行動原則を規定するのが自社の経営理念ということになります。

1 常識の根本は経営理念

 経営理念とは、「自分たちはこうありたい」「社会に対してこのような貢献をしたい」といった、自社が存在する意義を明文化したものです。自分たちの行動を規定する価値観といってもよいでしょう。社員が経営理念をきちんと理解し、共感していれば、理念に沿った行動をとることができます。

部下は上司から出された業務指示に対して、具体的な遂行方法を考えるときには、そのやり方が経営理念に反していないかどうかを自問自答することによって、自分の行動を規定することができるのです。

 たとえば、「お客様とともに幸せになっていこう」といった経営理念がある会社では、上司からどんなに「売上拡大」を指示されても、施策として、お客様に一方的な不利を強いるような販売条件へ変更することは基本的には許されません。お客様の満足度も高まり、かつ、自社も売上拡大できるような施策を何とかして生み出す必要があるのです。

2 経営理念を浸透させる

 経営理念を社員に説明し、浸透させていくことは、社長にとって最も重要なコミュニケーションの一つです。しかし、実際には経営理念が作成されていない会社も多く、また、あったとしても、非常にあいまいなもので一般社員はその意味がわからないケースもあります。

 経営理念を社員に浸透させるには いくつかのステップがあります。

ステップ1

 経営理念を作成し、その意味合いを経営者がしっかりと認識することです。経営理念の言葉だけを一人歩きさせずに、その理念を作成するに至った背景や、理念実現のためにはどのような姿勢が必要かなどを明確にします。

ステップ2

 それを社員一人ひとりにきちんと伝えることです。

 朝礼などで繰り返し説明したり、経営理念を書いた紙を事務所に掲げるなど、社員がつねにそれを意識する状態をつくることが必要です。

ステップ3

 経営理念実現のためには、日々の業務のなかでどのような行動をとるべきかを社員自身に考えさせます。もちろん、経営者自身も、経営理念実現のために、自分はこんな姿勢で業務に臨むということを宣言し、実際にそのような行動をとっていることを社員に手本として示す必要があります。

 このようにして経営理念が浸透すると、日々の業務指示をするための土台ができたことになります。いったんそうなってしまえば、具体的な業務指示の際にも、単純なコミュニケーションミスは起こりにくくなります。指示を受けた部下は、無意識のうちに経営理念というフィルターでその指示を吟味します。そのとき、「おかしい?」と感じれば、質問して上司の指示の真意を確認するようになるからです。

 

行動ではなく目的と背景を指示する

 経営理念浸透という土台構築に加え、日々のコミュニケーションのなかでも留意すべき点はあります。

1 行動ではなく目的を指示する

 指示が的確に伝わらない大きな理由のひとつに、「その指示が遂行された結果として、どういう状態になっているのか」、という指示の目的が伝わっていないことがあげられます。

 たとえば、「今週中に新規見込客を5件訪問しろ」という指示を部下が額面どおりに受け取ると、最終的な成功確率などまったく関係なく、ともかく5社を訪問しさえすれば指示を遂行したことになると考えるでしょう。

 「新人営業マンに度胸をつけさせる」ということが目的であれば、この指示は的確かもしれません。しかし、ほとんどの場合は、「5件訪問して、少なくとも そのうち2件は次の営業ステップにつなげる」という本当の目的があるはずです。したがって、部下に指示をする際には、「何々を行え」という行動の指示ではなく、「その結果このような状態をつくれ」という目的の指示でなくてはなりません。

2 指示の背景も説明する

 部下に指示を出す際には、その指示を出すに至った背景もできるだけ詳しく説明したほうがより真意が伝わりやすくなります。

 5社を訪問して、うち2社を次の営業ステップにつなげるということが、どのような意味をもつのかということも併せて伝えておくべきです。たとえば、「会社全体としての目標がこうなっているから、君にはこれだけがんばってほしい」とか、「営業ステップのあがった2社に対しては、自分自身(上司)も同行して、必ずクロージングするつもりだ」といったことも あらかじめ伝えておきます。そのように伝えることによって、指示内容がより明確になるだけでなく、部下は自らに出された指示を「点」としてではなく、「線」で捉えられるようになり、その指示の重要性をより深く認識することができるのです。現在社内で起こっていること、置かれている経営環境などを、メールなどを使って社員と日々共有しておくことで、社員は指示を受けた際に その指示の背景を理解しやすくなります。

3 動機づけも同時に行う

 また、指示を出すだけでなく、同時に動機づけも行いましょう。

 その際には、あまり難しく考える必要はありません。「君の能力ならこれくらいは十分可能だろう」とか、「これができたら会社への貢献度はとても大きいよ」などといった一言を添えるだけで、社員のやる気は格段に高まります。

 どのような社員でも「評価されたい」という気持ちを強くもっています。日頃から部下への期待感を伝えておくことは重要です。

4 部下が指示を理解したかを確認する

 指示を伝える際には、部下がその指示内容を理解しているかをきちんと確認します。その際には、指示の目的や背景を復唱させてみるのが効果的でしょう。また、指示を出した事項について、その結果をいつまでにどのような形で報告させるかについても、伝えておくことが大切です。上司としては、結果が出たらすぐに知りたいと思っていても、社員は「次の営業会議で報告すればよい」と考えてしまい、報告のダイミングが遅れてしまうこともあり得るからです。

 

自分を正しく知ってもらうために

 社長にとって重要なコミュニケーションとして、「自分自身について、社員に正しく知ってもらう」ということです。

 人間は「あの人はこういう人だ」ということを認識したうえで、その人との適正な距離感を保とうとします。社長がいくら「自分は社員のことを本当に大切に考えている」と思っていても、社員に「社長は社員に冷たい」あるいは「何を考えているのかわからない」という印象を与えてしまっていたら、コミュニケーションは深まりません。

1 自分が知らない「自分」がいる

 「自分」が認識している自分と「周囲」が認識している自分は まったくの別物です。

 この差が大きいほど、「社員は社長である自分を理解していない」ということになります。これは、提唱者の名前と四角いその形から、「ジョハリの窓」と呼ばれているものです。

 このうち

 A「開いた窓」とは、自分も周囲も知っている自分です。

 B「隠した窓」とは、自分は知っているが周囲に隠している自分です。

 C「見えない窓」とは、自分は知らないが、周囲は知っている自分です。
 たとえば、自分では社員を大切にしているつもりなのに、社員からは「社長は社員に冷たい」と思われている場合などは、社員はこの窓を通じて社長の姿を見ていることになります。

 D「未知の窓」とは、自分も周囲もまだ気づいていないまさに未知の自分です。

 自分自身が考える自分とは、この図のAとBの窓から見える自分のことです。一方、周囲が考える自分とは、AとCの窓から見える姿になります。それぞれが違う窓から自分を見ているわけですから、そこにズレが生じる。つまり、「社長が社員から理解されない」というのは、程度の差こそあれ、どの会社でも起こっていることなのです。

2 「開いた窓」を大きくしてみる

 では、できるだけ正しく社員に自分を理解してもらうにはどうすればよいのでしょうか。

 「開いた窓」を大きくし、「隠した窓」、「見えない窓」を小さくしてやることです。

 このようにすれば、自分自身が知っている自分(AとB)と周囲が知っている自分(AとC)の差が小さくなり、両者の理解が近づき、より密接なコミュニケーションが可能になるのです。

 まず、「隠した窓」を小さくするためには、社長自身が胸に秘めていることを社員に積極的に伝える必要があります。たとえば、「社員のことを大切に思っている」ということを もっときちんと伝えてみるのです。また、「見えない窓」を小さくするためには、社員が社長に対して言いにくいことでも言えるような状況をつくること、つまり、自分の欠点などを指摘されても、それにきちんと耳を貸す謙虚さを示すことなどが重要になります。社員にとって社長は絶対的な存在です。なかなか社長の欠点などを指摘することはできません。そして、その欠点に社長自身が気づいていなければ、社員との溝は埋められないことになります。

3 社員のことを知りたいという姿勢も見せる

 しかし、相互理解の観点からは、社長も社員一人ひとりについて、深く理解することが理想です。そのためには、社員とじっくり話をする時間を取り、社員一人ひとりの「開いた窓」を広げてやることが大切になります。しかし、社員数がある程度の規模に達すると、そのような時間をとることが難しくなってきます。そのような場合でも、「定期的に何人かの社員とランチをとる」「特に心配な社員には社長自らメールを送る」などして、「社長は社員のことを知りたがっている」という姿勢を見せることは大切です。また、日々の業務のなかで報告や相談を受ける際にも、忙しさにかまけて、「まず結論から言え」とか「忙しいから要点だけ」を連発してしまうことは、できれば避けたいものです。もちろん、業務報告は「まず結論・経過の順に伝え、背景などは要約して手短にする」ことが基本です。しかし、それがあまりに度を超すと、社員は、社長から「おまえの報告など忙しいおれの時間をたくさん割いて聞く価値がない」と言われているように感じてしまうこともあります。そして、社長にそのように思われていると感じた社員は、社長に対して一定の距離感をもつようになってしまいます。したがって、どんなに忙しくても、「忙しいから話は聞けなくて当然」ではなく、「じっくりと話を聞きたいけれど、今は時間がなくて本当に申し訳ない」という姿勢だけは社員に示すことが必要でしょう。

 社長が忙しいことを社員は皆知っています。このような姿勢を示すことで、社員に余計な誤解を与えずに済むのです。

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