人間への理解がもたらす組織の前進

参考・引用

完全に合理的な意思決定はできない

 人間は、みずからの行動をどのように決定するのだろうか。この根源的な問いに対しては、さまざまな角度から多様な調査研究が進んできた。

 

ハーバート A. サイモンの論考

 サイモンが1947年に出版した『経営行動』は、彼の博士論文を原典として、それ以降における自身の研究の礎となる作品であった。この作品は、人間が「合理的」であることは否定しないものの、人間は完璧ではなく、その認知能力、処理能力、持てる時間に制限が存在するがゆえに、人間は限られた合理性しか持ちえないと説明する。

 これは「限定合理性」と呼ばれる人間の一つの本質である。彼はこの概念を主軸とした組織の意思決定プロセスの研究などから、1978年にノーベル経済学賞を受賞している。

 サイモンは、これまでの組織行動に関する議論が、人間一人ひとりの意思決定の特性を十分に勘案しておらず、また、それぞれにおける相互の関係の分析が、職能や権限により規定される公式の組織構造の分析に過度に依存していると批判した。

 彼は、組織を限定合理的に行動する人間が役割を分担して相互関係を持つシステムと捉えた。その行動は、人間の意思決定の特性と相互の関係の特性に左右されると主張する。つまり、人間は、完全に合理的な意思決定をすることはできない。限られた時間で限られた情報を前提に、しかし、合理的に最善な答えを探し求める。人間は最高の答えに至ることはできず、常に最善な答えをもとに行動を決めているという。

 また、人間同士の関係はそれぞれのコミュニケーションと関係のパターンによって確立され、公式の組織構造のみでは その特性を完全に捉えることはできない。組織の行動は、より複雑な調整のプロセスにより決定されており、その調整のプロセスが個々人の意思決定を統合し、より高次元の意思決定を可能にする とサイモンは言う。

 サイモン自身も、合理性では説明しがたい要因が人間の行動に影響を与えることは否定していない。心情であったり、倫理観であったり、そうした価値的な要素も、人間の日常の行動には大きな影響を与えうる。しかし、彼は、組織に所属し、その枠組みの中で活動する人間は、組織がその行動を制約するがゆえに、より合理的に行動する人間となるという。

 すなわち、経営人あるいは組織人としての人間の行動は、一定の合理性の上に成るという解釈が可能である。組織は人間の合理性の土台となる。組織の諸制度が個人の価値的な要素を束縛し、個人の行動の選択肢を制約する。さらに、多数の人間による調整のメカニズムが、個々人の価値的な要素を相互に中和することで、組織内の個人の集団は限定合理性を持つ意思決定を下すようになる。

 この前提に立てば、経営者の重要な役割の一つは、経営戦略を実行に落とし込むために、自社の組織に参画する人々が限定されているとはいえ、合理的な意思決定の結果として、組織の目標達成に資する意思決定と行動をとるように組織を整備運営することである。

 実行と成果に至らない経営戦略に意味はない。したがって、人間の集合体である組織を どのように方向づけるかは、経営戦略の領域でも大きな関心事である。こうした人間の行動の特性を理解せずして、経営戦略の実行は成果に結びつかない。

 現代の経営戦略は、サイモンが議論したような組織内部の特性までを取り扱う。実行と成果につながる経営戦略の特性を探究し続けた結果、その研究の潮流は、戦略と組織の接合点までを扱うようになったのである。

 経営戦略のミクロ的な土台と呼ばれるような、組織内における個人の行動や個人間の協業に関して、経営戦略を理解するために研究する潮流は、2000年代から大きく広がりを見せている。これは、経営戦略研究の学会である「ストラテジック・マネジメント・ソサエティ」のカンファレンスのテーマとなるなど、多様な研究者を惹きつけている。

 このように、経営戦略研究も、組織内部の要因や個人の特性を無視できない時代を迎えたのである。

 

エージェンシー理論は何をもたらしたのか

 一定の合理性を持つ人間の組織内の行動を分析し、その行動特性を理解することから、組織運営の最適解を導く。

 それをどのように行えばよいかは多様な角度から探究されてきた。特に、限定合理性を持つ人間という前提から、この問いを探究する最も大きな潮流は、エージェンシー理論であろう。

 エージェンシー理論は、経営組織をそれに参画する主体同士による契約関係の集合体と捉える。この理論は、当初、株主と経営者の関係を取り扱うことから形成が進んだが、現在では、経営者と従業員の関係や従業員同士の関係、そして、その他の利害関係者との関係性までを取り扱う理論体系へと成長している。

 この理論は、プリンシパル・エージェント理論と呼ばれることもある。委託する主体をプリンシパル、委託される主体をエージェントとして、この両者の関係をエージェンシー関係と呼ぶ。

 エージェントは、プリンシパルに対して特定の業務を行う契約を結ぶが、必ずしもこの両者の利害が完全に一致するとは限らない。また、プリンシパルとエージェントが持つ情報量には格差が存在するため、より多くの情報を持つ主体は より情報を持たない主体に対して優位に立つ傾向がある。そのため、この両者の契約に伴って各種の問題が発生する可能性が生じ、それに伴う費用が経営組織の形態に影響を与えると説明する。

 たとえば、エージェンシー理論で頻繁に扱われる問題は、アドバース・セレクションやモラル・ハザードと呼ばれる。アドバース・セレクションとは、エージェントが不都合な情報を開示せず、プリンシパルがそれを知らずに、不都合な契約関係を結んでしまう問題である。モラル・ハザードとは、プリンシパルがエージェントの行動を完全には管理監督できないことから、エージェントがプリンシパルにとって不都合な行動をとる問題である。

 経営者は できる限り従業員に働いてもらいたい。しかし、従業員は必要以上に働きたくはない(利害の不一致)。経営者は できる限り従業員の業務を管理しようとする。一方、従業員の行動を完全に把握することは難しい(情報の非対称性)。経営者は できる限り売上と利益を成長させたい。しかし、従業員は予算を達成すればそれ以上に努力をしたくはない(利害の不一致)。経営者は 膨大な数値情報を限られた時間で処理しなければならない。一方、本当に重要な現場の情報は一人ひとりの従業員が握っている(情報の非対称性)。

 エージェンシー理論は、組織運営において避けて通ることのできない こうした問題の悪影響を、モニタリング(管理)とインセンティブ(報酬)の二つの側面から軽減しようと説明する。

 

 単純化すれば、モニタリングは情報の非対称性を軽減させる取り組みであり、インセンティブは利害の不一致を軽減させる取り組みである。これは、バランスト・スコアカードやKPIの設計と運用にも通じる要素がある。モニタリングにしてもインセンティブにしても、ある程度以上を仕組みに落とし込み、それを組織的かつ継続的に行うことで、合理的に行動する人間の特性を組織的に誘導することが一定程度は可能となる。

 もちろん、モニタリングの仕組みもインセンティブの仕組みも、組織が目指す方向性に ひも付いていなければならない。社員一人ひとりを信頼でつなぐ組織を目指しているのに、過度に社員の行動を管理し、日々の行動を報告させるような組織では、社内の信頼はなかなか醸成されない。顧客満足度を最優先にしているというのに、勤怠評価や報酬制度が売上げのみに ひも付いているのであれば、顧客満足度をないがしろにして売上げを追い求める社員が増えても不思議ではない。

 限定的であるにせよ、人間が合理的な選択をして行動をとることを前提とするのであれば、その組織のあり方も、組織の構成員が経営戦略の方向性に照らして合理的に行動する形へとつくり変えていく必要がある。

 

人間の非合理性をも理解する 「人間は合理的である」

 これを前提とする組織研究は長らく大きな潮流を形成していた。しかし、特に近年、人間が合理的に行動することを必ずしも前提としない考え方が少しずつその勢力を増してきている。

 これは当然の流れかもしれない。人間は一定の制約のうえで合理的である、という前提が生み出されたのは今から80年以上も前である。世界はそのとき、第二次大戦の混乱から完全には回復していなかった。超大国・米国は経済発展の真っ只中にあったものの経営組織のあり方は現在とは大きく異なっていた。

 当時は、今よりも単純な生産工程であり、知識労働に従事する人の数も限られていた。ホワイトカラーと言われるような中間管理職の数も いまほど多くはなく、産業構造が現在と比較すれば安定的であった。競争優位が短期間しか持続せず、情報通信技術や生産販売運送技術の進化によって意思決定とその実行が迅速化され、絶えず事業領域の変革と製品・サービスの刷新を求められる現代の競争環境に比較すれば、変化と確信を求められる厳しい経営環境ではなかった。

 第二次世界大戦中に急速に活用が進んだ統計や確率の手法は、人間が限定合理的であるという理解と同じ方向を向いていた。こうした手法はオペレーションズ・リサーチとも呼ばれ、戦中から生産工程での生産性や品質の向上、船舶や航空機の航路選択、戦術目標の数値的評価に大いに活用された。

 こうした統計や確率論的な考え方は、特にジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュタインが最初に定式化した期待効用と合わせて、不確実性の高い現実世界における人間の行動も、統計と確率の概念を応用することで「合理的である」と説明できる可能性を提示したのである。

 こうした時代背景を前提とすれば、組織運営において少数の人間に自由と発想、変革の機会を与え、組織全体の運営をより科学的、合理的に理解し、それに基づいて設計することも不思議ではなかった。サイモンやノイマン、モルゲンシュタインが人間の合理性を探究した時代は 合理性が説明力を持つ時代であった。

 では、人間は本当に合理的な意思決定をするのだろうか。

 第二次世界大戦の終結から四半世紀を経て、1970年代から、「人間は本当に合理的な判断をしているのか」に関する研究が盛んに行われるようになる。そして、この人間の心理的な側面に光を当てた研究の潮流は、1970年代の終わりにはプロスペクト理論などの理論体系の確立につながる。

 その第一人者として知られるのがダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーである。2人は、1969年の終わり頃から共同研究を始めると、次第に人間が確率や統計に基づいた意思決定をするという前提は、特に不確実性の高い状況では当てはまりにくいと確信を深めていく。

 彼らは、人間はごく少数のヒューリスティック、すなわち、経験則または意思決定の近道に頼っており、ときにそれが合理的な判断につながることもあれば、反対に連続的かつ深刻な誤りにつながることもあると主張した。これは当たり前のようにも思える。自分自身や自分の周囲を見渡して、できる限りの情報収集をしたうえで、確率や統計の発想を用いて合理的な判断を下そうとする人間はどれだけいるだろうか。現実には、その場の思いつきであったり、過去の経験であったり、自分の好みで意思決定が下されることは多い。

 できる限りの情報を入手したうえで、理論や論理的思考法に基づいた合理的な判断を下そうとする社員もいるだろう。一方で、自分自身の成功体験に基づき、偏見を恐れずにそれにこだわる社員もいる。もちろん、そのどちらにも分類しえない いわば「直感」で意思決定を進めていく社員もいるだろう。

 実際には、人間が合理的に判断を重ねていくと理解するべきなのか、それとも自身の経験の積み重ねや意思決定の近道から判断を重ねていくのか、どちらを優位とするかは学術的な決着はついていない。ここで重要なのは、組織は合理性が支配する人間だけで構成されているわけではないということである。一人ひとりが客観的に見て合理的な意思決定ができるわけではない。組織設計の基本は合理性にあるが、それだけでは優れた組織にはつながらないだろう。ときに合理的とは思えない人間の行動をどう誘導するか、それを考え抜くことが特に不確実性の高い環境では有効となる。

 人間の意思決定を大別すると、限定合理性と期待効用で説明しやすい意思決定、ヒューリスティックとバイアスで説明しやすい意思決定、直感で説明しやすい意思決定という 3つのタイプに区別できる。

 限定合理性と期待効用で説明しやすい意思決定は、エージェンシー理論で扱いやすい問題であり、数値管理を中核としたバランスト・スコアカードやKPIの実践により、ある程度までは誘導しうる。

 より難しくなるのは、ヒューリスティックやバイアス、直感に基づいた意思決定をどう誘導するかである。それを単に組織内の雑音と捉えるのか、それとも、社員のそうした特性をまでに一定の方向性を与えようとするのか、ここに一つの大きな挑戦が存在する。こうした困難の存在こそが、「経営戦略のミクロ的な土台」のような研究潮流の直接的な源流なのである。

 もちろん、あるべき理想は、人間のヒューリスティックやバイアスをも経営戦略の方向性に誘導することである。だからこそ、これは一つのフロンティアとして数多くの多様な研究者を惹きつける研究課題である。

 

センスメイキング理論は何をもたらしたのか

 特にヒューリスティックとバイアスの知見は、心理学の知見として経営学に最も大きな影響を与えたとも言われる、センスメイキングの理論にも密接に関わり合っている。

 センスメイキング理論は、「組織のメンバー・周囲のステークホルダーが事象の意味について納得し、それを集約させるプロセス」を探究する理論体系である。

 センスメイキング理論は、カール・ワイクによる1995年の著作以降急速に発展した。この理論は、ヒューリスティックやバイアスの議論と同様の人間像を背景に構築を進める。単純化すれば、人間一人ひとりが持つこの世界に関する主観的な理解が、その人間の行動を色濃く左右するという理解である。人間は唯一絶対の客観的な理解に至ることはなく、その合理性は、それぞれの独特な解釈や固有の世界像に影響されるという前提に立つ。

 人間は、周囲の環境を感知し、その環境を解釈し、自己の行動を決定している。何もしなければ、その感知、解釈、行動はそれぞれにおいて多義的となる。すなわち、個人の集団のベクトルは一つに定まらないのです。

 ある人間にとって、売上げ10%増は十分な成長率であろう。しかし、別の人間は それを失敗として解釈する。ある人間は従業員の幸せを最重要と考え、ある人間は組織の成長を最重要と考える。センスメイキング理論は、合理性には多様性があり、人間は唯一絶対の価値判断基準で行動するわけではないと考える。

 特に、現代社会においては、各人は知性を有し、相応の思考、哲学、判断力を持つようになってきている。少なくとも70年前に比べれば、知的労働者の比率は著しく増加しており、教育水準も極めて高くなっている。個人が入手できる情報源も多種多様となり、人と人をつなげる社会的なネットワークも、情報通信技術の発達により地理的な制約を超えるようになってきた。

 こうした経営環境においては、個々人の多様性を前提とすること、すなわち個々人の認知と解釈が多義的であることを前提として組織を設計し、運用することが重要となるだろう。この傾向は、企業の生産と販売の活動がより複雑化し、付加価値創造において知的生産活動が占める割合が急速に高まったことも後押ししている。また、特に不確実性が高く、刻々と状況が移り変わる競争環境においては、客観的な情報を背景として、組織内の一人ひとりの合理的な判断と行動を期待することが非効率どころか非現実的となることすらある。

 したがって、センスメイキング理論に関係する諸研究は、組織の構成員をどう納得させるか、説得するかを探究する。それは、それぞれが客観的に状況を理解し、合理的に判断してもらうことを必ずしも期待するものではない。重要なのは組織の構成員が行動することである。目標に資する行動がとられるのであれば、論理的、合理的な理解は必ずしも必要ではない。

 それぞれの構成員が それぞれの独自の判断軸でヒューリスティックに、ときにはバイアスに基づいて判断することも、彼らが納得し、説得されるのであれば何ら問題はないのである。

 

組織のトップは構成員をどう誘導すべきか

 では、組織の構成員の行動がヒューリスティックやバイアス、直感に左右されるとすれば、経営戦略の立案者は それに どのように対処すればよいのだろうか。

 人間の行動が合理的な判断には必ずしも基づいておらず、個々人の説得や納得のプロセスが重要であるとするならば、組織の文化を醸成すること、すなわち、各組織の独特の価値観や判断基準を確立することが極めて重要となる。

 企業のミッション、行動規範、行動憲章といった組織目標の策定は、究極的には組織の構成員の主観的な理解を意図的に誘導する手段でもある。朝礼や社内報、そして、新年会や社員旅行、さらには、創業者の墓参りや社歌の斉唱に至るまで、組織はありとあらゆる手段を活用することで、その構成員が入手する情報に偏りをつくり出そうとする。組織は、構成員が日常的に触れる情報をコントロールすることによって、構成員それぞれの認知、解釈、判断を特定の傾向に導くことができる。

 これは数値管理とは異なり、また、モニタリングやインセンティブとも異なる戦略の浸透のプロセスである。組織論の研究においては、公式の組織構造や数値管理や業績管理など目に見える指標の管理以上に、より曖昧で、属人的で、心理的なプロセスに関心が割かれている。

 もちろん、組織人の合理的な行動を前提としつつも、真に組織の成果を左右するのは、いかに個々人の裁量に自由度を残しながら、同時に、彼らの行動を一定の方向に集約させるかである。これは いかに組織の構成員に「共感」してもらうかである。

 人間の主観的な理解を誘導し、一定の方向性に向かうよう動機づける要因については、多様な角度から研究されている。それこそ、太古の昔から、人間は自分たちの集団の方向性を統一すべく さまざまな手法を編み出してきた。それは政治学であり、社会学であり、宗教学であり、文化人類学であり、およそ人間集団に関わりのある学問体系の知見を 少なからず営利組織経営の文脈においても価値を持つ。

 近年、多くの調査研究が発表されている領域としては、第一に組織固有の行動様式を新制度派組織論の観点から分析する潮流がある。この理論体系は、ある特定の行動特性を共有する組織や個人のつながりの範囲を組織フィールドと呼び、それがどのような特性を持ち、どのような要因で変化し得るのかを探究している。

 新しい事業を立ち上げる際、起業家がその事業の価値をどのように社会に納得させていくかを研究したり、既に成熟した産業領域において、その産業特有の行動様式がどのような要因で変化するかを探究したりする。また、組織が持つ独特のしきたりや固有の儀礼が、どのようにその組織が確立させた固有の価値観や行動様式を保持しているかを調査した研究もある。

 組織の構成員の判断と行動に染み込んだ老舗企業の伝統は、構成員の自信と自負につながり、それが高い品質の顧客への約束となり、高いブランド価値をつくり出す。しかし、時代の変化にともない、こうした強い伝統は逆に変革の推進に負の作用をもたらすこともある。伝統と革新をどう両立させるか、これは経営戦略推進のうえで極めて重要な調査課題である。

 こうした研究は依然として黎明期にあり、「こうするべきだ」といえるような強いコンセンサスが生まれているわけではない。だが、それら研究の成果を活用することで、不確実性の高い状況下において、ある一定の経営戦略を実行する際に必ず直面する事業課題に対して 答えを見出せる可能性がある。

 新制度派組織論は、あくまで実証的な関心から交流した理論体系であるが、その知見を土台として、組織は戦略的に制度に影響力を行使し、その特性を活用すべきとする考え方も登場し始めている。これは制度戦略と呼ばれ、新制度派組織論の大家であるトーマス B. ローレンスなどが中心として そのあり方の規範的な探究が進んでいる。

 

コミュニケーションとストーリーで経営戦略を伝播させる

 他人を説得するという観点からは、リーダーのコミュニケーションに焦点を当てた調査研究も広がりを見せている。

 たとえば、スティーブン・デニングの2004年の『ハーバード・ビジネス・レビュー』の論考は、事実の分析や論理的な解説よりも、ディテールを最小限にしたシンプルな物語の方が組織の構成員を引きつけ、その行動を引き出すことができると解説する。同様に、ピーター・グーバーの2007年の論考も、無機乾燥した客観的かつ網羅的なデータよりも、自分自身と聞き手に対して誠実な、その場の状況に忠実であり、本質的な使命に焦点を当てたメッセージが有効であると主張する。

 こうした論考は、組織の構成員や株主や投資家などの利害関係者を説得するうえで、どのような物語性、いかなる語り方が有効であるかを議論する。

 他人をいかに説得するかという議論はコミュニケーションにとどまらない。経営戦略の立案作業それ自体において、ストーリー、すなわち自社を主役として あらゆる関係企業の目的、意思決定、アクションを織り込んだ台本を書き起こすことが有益とする考え方もある。

 たとえば、マイケル G. ジャコバイズの2010年の論考は、自社の戦略に関する「台本」を練り上げることから、自社の戦略を見直し、将来に備えた行動を立案することができるという。同様に、一橋大学の楠木健教授の『ストーリーとしての経営戦略』のカギとなるメッセージも、優れた経営戦略が「思わず人に話したくなるような面白いストーリー」であるという事実であった。

 こうした物語が経営戦略を行動に落とし込む際のカギであるという調査研究は、オーガニゼーション・スタディーズなどの学術誌でも発表されている。たとえば、組織内の構成員同士が どのように物語を交換し合い、それがどのように組織全体の一体感や個性の醸成に貢献するかが理論化されている。特に、内部の資源が少なく組織の歴史が浅いスタートアップでは、その存在価値や競争力を説明する際に、実際の競争力よりも事業の物語性やビジョンとミッションが重要であることが研究者間での共通理解になりつつある。

 経営戦略を成果につなげるためには、単にその経営戦略が組織にとって最善な判断であることだけでは十分ではない。そこから成果を上げるためには、行動にその戦略をつなげる必要がある。そして、その実現にあたっては、それぞれの構成員の経験則や主観に訴えかける諸制度の整備であり、組織フィールドの醸成であり、さらには、ストーリーとしてのシンプルさと面白さ、伝わりやすさと柔軟性が必要なのです。

経営と真理 へ

「仏法真理」へ戻る