人事戦略

 年功序列や終身雇用に代表される日本的雇用の崩壊、国内市場のシュリンク、新型コロナウイルスの影響など、急激に変化する市場環境に対応すべく「人事戦略」を見直す企業が増えています。

 人事戦略とは、採用や人材の育成・配置など、人事全般にまつわる業務やオペレーションを改善し、組織の生産性を高めていくための戦略を指します。

 「育成に手が回らずに人材が育たない」「採用や配置のミスマッチで人材が定着しない」「そもそも求めている人材が獲得できない」、などのさまざまな人事課題に対して、明確な戦略を持って、課題解決へと導くのが人事戦略の役割です。

 

人事戦略とは

 人事戦略とは、企業の採用活動や人材の育成・配置など、人事全般にまつわる業務やオペレーションを改善し、組織の生産性を高めていくための戦略を指します。

 採用計画を達成するために、採用手法を見直す、社員の志向や適性に沿って適材適所への配置を行うために、タレントマネジメントシステムを導入する、といったことが人事戦略の具体的な施策として挙げられます。
 企業にとって、従業員(ヒト)は、「モノ」「カネ」「情報」と並び、重要な経営資源の一つです。ヒトにまつわるさまざまな仕組みを変革することによって、企業の成長をサポートするのが人事戦略の基本的な役割と言えるでしょう。

 

戦略人事との違い

 人事戦略とよく似た言葉に「戦略人事」があります。「戦略人事」とは、企業のミッションや経営目標を達成するために、人的経営資源を適切にマネジメントする仕組みや考え方のことを指します。

 人事戦略との大きな違いは、「企業のミッションや経営目標」にコミットしているか・否かという点です。
 例えば、労働人口の減少といった問題は、企業が競合優位性を維持し続けるにあたり大きな経営課題となり得ます。また、市場のグローバル化・デジタル化といった時代の潮流も、事業の継続的な成長の観点から考えなければならない問題です。

 このように、現在直面している・また近い将来起こり得る さまざまな課題に対して、人事的側面から解決を試みるのが「戦略人事」の役割と言えます。そのため、戦略人事は人事戦略と比較して、より経営に近く、高度なビジネス理解が求められます。

 ただし、人事戦略と戦略人事は切っても切り離せるものではありません。企業が抱えている人事課題に対して、上流工程で戦略を立てるのが「戦略人事」、一方、その戦略人事を反映し、日常の業務の効率化を図る戦略が「人事戦略」と言えるでしょう。

 

人事に戦略が必要な理由

 なぜ企業にとって人事戦略は必要なのでしょうか。その大きな理由として、社会やビジネスを取り巻く環境や仕事に対する価値観が変化していることが挙げられます。
 雇用の流動化や働き方の多様化・労働人口の減少など、さまざまな要因によって、新卒一括採用・年功序列といった従来の人材マネジメントでは、「優秀な人材が確保できない」「入社しても定着しない」といった問題が浮き彫りになっています。

 

人事戦略の策定フロー

 実際に人事戦略はどのように策定するのでしょうか。

STEP1 企業理念、ビジョン、経営戦略の理解

 まずは、自社の企業理念やビジョン、経営戦略を理解することが第一歩です。なぜなら、経営戦略を実現するためには人材が不可欠であるためです。経営戦略と人事戦略は連動していることが重要です。

STEP2 人材戦略の策定

 次に、経営戦略(3ヵ年経営計画など)を推進していくために、どのような組織にするべきかを検討します。そのうえで人材戦略を策定します。

・どのような人材を採用・配置・評価・育成・処遇していけばよいのか(人材ポリシー)
・戦略実現のために、どのような人材がどれくらい必要なのか(人材ポートフォリオ)
・人材ポリシー、人材ポートフォリオをどのような時間軸でどのように実現するのか(人材ロードマップ)

STEP3 人事施策の検討

 最後に、STEP2 で策定した人材戦略を実現するための人事施策や人事機能の在り方を検討します。

 戦略は立案して終わりではなく、施策を実行に移し、自社が抱える課題が解決されたかを検証する必要があります。どのような状態になったら戦略がうまくいったと言えるのか、効果測定もあわせて検討することを忘れないようにしましょう。

 

経営戦略と人事戦略を連動させるためのポイント

1 職務・役割の明確化

 まずは、経営戦略に基づいて、社員一人ひとりの役割・ミッション・責任範囲を明確にしましょう。
 職務や役割が明確になることによって、「従業員の評価がしやすくなる」「能力開発がしやすくなる」といったメリットも生まれます。また、従業員にとっても、自身のミッション・日々の業務と経営戦略との結び付きが可視化されることで、モチベーションアップへと繋がります。

2 人材配置・異動の見直し

 個々の従業員の適性やスキル・志向を把握し、適材適所へ配置できる仕組みを整えるとともに、異動の希望が出しやすくなるようにする、ジョブローテーションを採用するといった工夫を行いましょう。
 いくら優秀な人材を採用できたとしても、なぜこのポジションに配置されたのかが明確でないと、エンゲージメントの低下に繋がり、最終的に離職を招いてしまいます。

3 評価・処遇の見直し

 事業計画や経営目標の達成と現行の評価・処遇の基準がリンクしているかを確認しましょう。
 従業員が自らの目標を設定し、目標への達成度に合わせて評価が変わる「目標管理制度(MBO)」や、評価の公平性を担保するために、人事や上司だけでなく、同僚や部下・異なる部署など、さまざまな立場から評価を行う「360度評価」、といった人事評価制度を取り入れる企業が増えています。

4 マネジメント人材の採用・育成

 優秀なマネジメント層をいかに確保するかは企業の成長を大きく左右する要素です。マネジメント人材の採用において、重要なことは、事業戦略と照らし合わせ、求めている人材の抽象度を高めることです。
 この際、大切になってくるのが「要員計画」の策定です。要員計画とは、企業が事業計画を遂行するために必要な人員の確保・整理などの計画を指します。現場の声、経営層のニーズをヒアリングすることで、どのような能力やスキル・志向を持った人材が必要なのかを把握していきます。
 求める人材が具体的になったところで、新卒を採用するのか、即戦力となる中途を採用するのか、既存の従業員の能力開発を強化するのか、また、アウトソーシングをはじめとする外部リソースを活用するのかといった手法を決めていきます。

 環境の変化が激しい現代において、場当たり的な対応や施策ではなく、経営戦略に紐づいた

 戦略を持って人事施策を遂行する必要があります。そのためには、人材配置や採用・育成といった人材マネジメントを見直し、採用から育成・定着まで一貫した仕組みが求められます。

 

戦略人事と経営戦略の関係

 経営には下記の4つの要素が求められます。

 ・戦略  ・戦術  ・戦力  ・環境

 このうち、「戦力」と「環境」を担うのが人材であるため、どれだけ「戦略」と「戦術」がよくできていたとしても、それを実行することができる人材や環境が用意されていなければ、経営戦略に寄与することはできません。

 この戦略と環境を整える役割をもつのが「戦略人事」となります。そのためには人事は経営を深く理解する必要があり、企業が目指すビジョンを実現するために、次にどのようなことが起こるのかを予測し、備えておくことが重要です。

 したがって、戦略人事のない経営戦略は意味をなさず、戦略や戦術に対して無知な人事担当者には戦略人事はできません。企業の成長のためには両者の適切な関係が求められます。

 

戦略人事のメリットや重要性

 新型コロナウイルスの流行を始め、近年のビジネス環境は目まぐるしく変化しており、さまざまな要素が複雑に絡み合うことで、先を見通すことができなくなっています。このような環境においては、企業が変化に柔軟に対応していかなければ存続は難しいでしょう。

 企業が柔軟に変化していくには、変化に必要な施策を実行できる組織や人材が必要になります。

 ところが、人材に関してはそう簡単に変えられるものではありません。従業員ひとりひとりの能力やスキルの向上や考え方に変化を起こすには長期的な取り組みが必要になり、人員構成の最適化もすぐにはできません。したがって、これまでの人事では激しい変化に対して柔軟に対応することができず、経営のスピード感が損なわれることが多くありました。そこで、戦略人事を導入することにより、そのようなリスクを回避することが期待できます。

 

戦略人事を実践するために求められること

 効果的な戦略人事を実践するために求められるのが下記の3つです。

・現場との信頼関係

・戦略への理解

・成果を出すための能力

 

現場との信頼関係

 経営戦略に沿って戦略人事を実践していきますが、扱うのはモノではなくヒトであることを忘れてはいけません。ヒトの気持ちやモチベーションへの配慮を忘れず、現場との信頼関係を構築したうえで戦略的な人事を実施していく必要があります。

 

戦略への理解

 人事部門は人事に関する知識だけではなく、事業戦略や経営戦略に関しても精通していることが求められます。

 戦略人事が行う業務には、

 ・経営層の理解者として適切な人材戦略の立案

 ・戦略に沿った人材育成の計画と実行

 ・社員の相談窓口

といったものがあるため、戦略人事がこれらを実践するには、

 ・事業部の取り組み

 ・会社のビジョン

 ・経営計画

などについて精通していなければなりません。

 

成果を出すための能力

 人事部門に限らず、どのような仕事をするにしても、成果を出す能力は必要不可欠です。

 しかし、戦略人事の役割を果たすには、一般的な従業員よりも高いレベルで成果を出す能力を求められます。

 成果を出すためには、下記の4つの力が求められるでしょう。

 ・コミュニケーション能力

 ・やり抜く力

 ・リーダーシップ

 ・問題解決力

 この4つ全てを完璧にこなすことは難しいのですが、それでもできるだけバランス良くこれらのスキルを発揮できれば、より良い成果を出せるはずです。

 

戦略人事の導入が難しい理由・実現する際の課題

 これからの時代を企業が生き抜くためには、戦略人事を導入することが重要になります。しかし、日本企業に戦略人事が普及していない背景には、そう簡単に導入できない理由や課題があるからです。

経営から見た課題

 戦略人事を実現するには、経営戦略と深く関わる必要があるので、経営層が、明確かつ一貫性のある経営戦略を掲げなければ、人事部門は戦略を策定しようがありません。

 さらに、人事部門が戦略人事の提案をした場合でも、経営層はその提案を承認する態勢が整っていないことが多いというのも課題のひとつとなっています。

人事から見た課題

 経営層が明確な経営戦略を掲げたとしても、人事担当者に経営戦略を理解する能力や理解する姿勢がなければ、適切な戦略人事を策定できません。「攻めの人事」を実現するには、人事側への教育も必要です。

従業員からみた課題

 戦略人事を導入することは会社の経営を本質的に変化させることにもつながるため、従業員一人ひとりのキャリアも変化することがあります。したがって、変化を嫌う保守的な従業員からは戦略人事に反対する派閥が生じかねません。

 

戦略人事の活用事例

オムロン株式会社

 オムロン株式会社は世界各国でヘルスケアや社会システムに関する事業を行っています。オムロンは、海外の生産拠点で問題となっていた離職率の増大や採用難に対して、人事主導で解決しようと試みています。そして、実際に工場内に「オムロンスクール」という高等教育を提供することで、離職率を下げることに成功しました。

 

日清食品

 2014年に日清食品では、最高人事責任者としてCHO(チーム・ヒューマンリソース・オフィサー)が着任した際に、「企業が目指すべきビジョン」や「企業戦略を実現するために求められる人材の定義」「必要な人材育成プログラム」など、戦略人事に関する課題が組み立てられています。

 

楽天株式会社

 2016年、楽天株式会社は「グローバル・イノベーション・カンパニー」としてあり続けるという経営戦略を設定しました。これに沿って、この経営戦略を実現するために求められる人材として「イントラプレナー」を掲げています。ここで重要視していることは、ただ能力がある人材よりも、楽天の価値観と共鳴し、実践できる人材を育てるということです。

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