リカレント教育

 近年、「リカレント教育」という言葉が注目を集めています。社員教育・研修とは何が違うのでしょうか。

 

「生涯学習」という意味のリカレント教育

 リカレント教育とは「生涯を通じて学び続けていくこと」です。学校を卒業して仕事に就いても、学ぶことをやめず、仕事と交互に教育を受けていくことが望ましいとされています。リカレント(recurrent)は、「循環する」「再発する」といった意味ですが、タイミングを見て周期的に教育を受け続けていく仕組みと捉えられます。従来の研修の枠組みを超え、自発的にリカレント教育を受けやすい制度を整える企業も増えてきました。

 「学び直し」という言葉でも表現されますが、今の時代に求められる知識・スキルにアップデートするという表現が正確です。スキルアップはもちろん、今後のキャリア形成にも役立ちます。年功序列や終身雇用といった従来の日本型雇用の見直しが進みつつある今の日本では、学び直しにより転職を有利に進めようという人も多くいます。企業としては教育の成果を社内で活かしてほしいところですが、制度として確立していないと、自ら学び直した社員が流出してしまうことにもつながりかねません。リカレント教育をきっかけとした人材の流動化は、大企業のみならず中小企業にも広がってきています。

 

生涯現役ではたらき続けるために学ぶ

 リカレント教育を広く世界に向け提唱したのは、スウェーデンの文部大臣で後に首相となったオロフ・パルメです。1969年のヨーロッパ文相会議で発表され、翌年には経済協力開発機構(OECD)が推進することを決めました。もともと、1965年にユネスコの成人教育長だったポール・ラングランが示した「生涯学習」の概念が基本になっており、世界では、リカレント教育といえば、今でも生涯学習を意味する言葉として認識されています。
 ただ、日本では、生涯学習というとカルチャーセンターで受講する趣味や教養の講座のイメージがあり、キャリア形成に影響を与える内容に至っていないのが実情です。リカレント教育は、生涯現役ではたらき続けるために学ぶ生涯学習という概念を日本でも浸透させ、国際競争力を高める必要性に迫られています。

 

リカレント教育の重要性が高まる背景

 なぜ、今 日本でリカレント教育が注目されているのでしょうか。

 これまで、日本人のライフステージは、従来は「教育」「仕事」そして「引退」の3つで、各段階が時の流れとともにまっすぐつながる単線型といわれるものでした。ところが、寿命が延びて、人生100年時代や少子化の時代を迎え、生涯現役で活き活きと暮らすライフスタイルへの変化が求められています。「教育」「会社勤め」「学び直し」「組織に雇われないはたらき方」といった段階を何度も繰り返した後、ようやく「引退」に至るマルチステージ型に転換していきます。

 何歳になっても学び直し、新たな段階にチャレンジできる社会の実現が求められており、リカレント教育を受ける制度の充実に大きな期待が寄せられています。

 

「Society 5.0」の到来

 内閣府によれば、Society 5.0とは、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」です。人類史において、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会のことで、日本が目指すべき未来の姿として提唱されています。

 IoTやビッグデータの活用促進、人工知能といった技術革新が進み、2030年ごろに起こると言われているのが「第4次産業革命」、その結果として到来するのがSociety 5.0です。こうした変化に対応するための新たな知識やスキルの習得が必要となり、リカレント教育に注目が集まっています。

 

これまでの社会とSociety 5.0

・知識・情報の共有、連携が不十分
 →IoTですべての人とモノがつながり、新たな価値が生まれる社会
・必要な情報の探索・分析が負担、リテラシー(活用能力)が必要
 →AIにより、必要な情報が必要なときに提供される社会
・地域の課題や高齢者のニーズなどに十分対応できない
 →イノベーションにより、さまざまなニーズに対応できる社会
・年齢や障害などによる、労働や行動範囲の制約
 →ロボットや自動走行車といった技術で、人の可能性が広がる社会

 

雇用のあり方の変化

スキルアップやキャリア形成を目的とした転職が当たり前ともいえる時代になり、雇用の流動化が加速しています。キャリア意識が高い人は自ら学びの機会を求め、企業は優秀な人材が流出しないよう、教育制度の充実に迫られています。両者にとって、リカレント教育の浸透はメリットがあるというわけです。
 また、新卒一括採用、年功序列、終身雇用といった従来から続く雇用のあり方も見直しが進んでいます。時代が求める新たな専門能力を身につけるためにも、リカレント教育の制度化は企業にとって優先度が高まっています。

 

「デジタルディスラプション」と業界

「デジタルディスラプション」という言葉があります。ディスラプションは「分裂」「崩壊」といった意味で、デジタル技術のイノベーションにより既存の産業に破壊的な変革が起きることを言います。デジタルカメラが普及し、それまで使われていたフィルムのメーカーが淘汰されたことは、まさにデジタルディスラプションです。リカレント教育が特に重要視されるのは、デジタルディスラプションの影響を受ける業界です。100年に一度の変革期を迎えている自動車業界、AIやキャッシュレス決済の普及により人員削減を迫られている金融業界などが挙げられます。
 Society 5.0では、すべての業界がデジタル化の傘の下に入ると言っても過言ではありません。Society 5.0の中で成長分野の仕事として生き残るために、リカレント教育による学び直しは重要な人事戦略の一つとなります。

 

日本のリカレント教育の現状

 日本のリカレント教育はどのような現状でしょうか。

学び直すべき課題や領域

 学び直す課題は役職により異なります。一般社員・管理職・役員で考えると、三者ともに求められるのが問題解決能力です。新しい時代にどれほどの革新的な発想で どんなツールを使って問題を解決していくのかが常に問われます。仕事経験が浅い一般社員ほど、ITやマーケティングといったハード面のスキルを学び、管理職・役員と進むにつれ、コミュニケーション力やリーダーシップを発揮できるソフト面での能力が求められます。語学スキルも入ります。そして、役員に求められるのが新時代の事業構想を一から考える能力です。
 これらを考える上で、常に意識しなければならないのがAIです。AIに任せる部分、任せてはいけない部分、AIに取って代わられないよう努力が必要な部分、この違いを明確にして能力を磨いていくことが大切です。

 

国が進める制度としてのリカレント教育

 文部科学省では、現在、社会人や企業のリカレント教育のニーズに応えるために「職業実践力育成プログラム」を展開しています。これは、大学などで行われ、職業に必要な知識や技術を取得できる実践的・専門的なプログラムです。
 国が認定した250以上の課程によって、企業の理解促進を図り、社会人の学び直しを推進することが目的です。各分野の実務家による授業やワークショップ、企業とのフィールドワークが特徴で、週末や夜間に開講するなど、社会人が受講しやすい環境を整えています。こうした国の制度をうまく活用することで、企業内のリカレント教育活性化につながるはずです。

 

リカレント教育の先駆者、北欧の事例から学ぶ

 リカレント教育は、スウェーデンの文部大臣の提唱から世界に広まりましたが、現在も彼の理念は受け継がれ、スウェーデンをはじめ北欧各国がリカレント教育の先進国となっています。
 スウェーデンでは「ライフパズル」という考え方があります。人生の転換点となる さまざまなポイントごとに、進むべき多くの選択肢の中からパズルのピースのように選んでポイントにはめ込んでいく、その選択の連続で人生を組み立てていく という考え方です。スウェーデンは人口が少ないことから、全国民が長くはたらけるための施策を推進しており、こうした国の施策と「人生はパズル」という考え方がマッチしたことで広まりました。生涯現役ではたらくためには、生涯学習を続ける必要があります。仕事のキャリアをある程度積み重ねると、学び直しのため大学に戻ったり、あるいは子育てに専念したりと、それぞれのパズル選びは任せられています。リカレント教育が盛んな風土は こうして培われていきました。

 

リカレント教育で「成長分野」に携わる企業に

 学び直しについては、日本ではまだ転職を有利に進めるための一つのステップという意味合いが強いと考えられます。Society 5.0を控えたこれからの時代を生きていくためには、企業がリカレント教育を理解し、その機会を創出することが重要です。
 社員がはたらきやすく、愛着ある職場でリカレント教育の成果を発揮し、長くはたらくためには、企業側が率先して教育のための休職・復職といった制度を整備しなければなりません。リカレント教育のための休職がしやすく、そして、復職の選択肢があることが企業には求められています。こうした制度がきっちりと運用されれば、リカレント教育の成果を得て社内に浸透し、Society 5.0に向けての足がかりになるかもしれません。

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