ジョブ型人事制度

 2021年、日立製作所、富士通、資生堂、カゴメ、KDDIといった大企業が相次いで「ジョブ型人事制度」の導入・拡大を発表しました。

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、働き方が急激に変化したことや、経団連が日本型の雇用システムを見直すべきと提起したこともあり、ジョブ型人事制度がその突破口となるのでは、と経営者や人事担当者から注目が高まっています。また、終身雇用や新卒一括採用といった従来の日本型雇用システムでは、今後の競争力を維持できないのではという危機感もジョブ型人事制度に注目が高まる一つの要因となっています。

 

ジョブ型人事制度とは

 「ジョブ型人事制度」とは、企業が人材を採用する際に従業員に対して職務内容を明確に定義して雇用契約を結び、労働時間ではなく、職務や役割で評価する制度です。欧米諸国では広く普及しています。

 

ジョブ型人事制度とメンバーシップ型人事制度の違い

一方、従来の日本型雇用システムは「メンバーシップ型」と言われます。新卒一括採用に代表されるように、まず採用し、ジョブローテーションなどで配置転換をしながら、それぞれに合う仕事を見つけていく考え方です。メンバーシップ型人事制度では、職務が明確に決められていることは少ないため、転勤、異動も当たり前で、就職ではなく「就社」であるとも言えます。

一言で言えば、「ジョブ型」は仕事に人をつける、「メンバーシップ型」は人に仕事をつける考え方です。

項目

ジョブ型人事制度

メンバーシップ型人事制度

基本原理

仕事に人をつける

人に仕事をつける

採用

欠員補充や新規ポジション中心

定期採用中心(新卒一括採用)

等級

主に職務等級制度

主に職能資格制度

配置転換

オープンポジションがあり、本人の意向を重視するが、ポジションの条件を満たすことが必要

会社による定期異動がメイン

昇進・昇格

実績重視(年次思想なし)

勤続・年齢を重視

降級・降格

特別なことではない

ほとんど行われない

賃金

職務給
職務により変化

職能給
年功的に上昇

賃金の根拠

市場基準

内部基準

育成

職務に応じた社内外教育

年次を考慮した社内教育

人材の流動性

高い

低い

雇用保障

弱い

強い

 

なぜ今ジョブ型人事制度が注目されているのか

パーソル総合研究所の「ジョブ型人事制度に関する企業実態調査」によると、現在、ジョブ型人事制度を導入検討・導入済の企業は57.6%にも上っています。
 ジョブ型人事制度が注目されている背景には、従来の日本型人事制度と現在の経営環境との間にずれが生じていることとや、経団連の提言、コロナ禍によりはたらき方が大きく変化した影響が考えられます。

従来の日本型雇用と現在の経営環境のずれ

 メンバーシップ型の人事制度は、労働力が豊富で安定的な高成長を実現していた戦後の高度成長期には価値を発揮し、十分に機能していました。

従来の日本型雇用のメリット

 ・安定的かつ経済的な人材の確保
 ・自社のビジネスに精通し、自社特有のスキルを身につけた人材の育成
 ・柔軟な人材配置による機動的な事業戦略の遂行
 ・従業員の高いモラル維持、会社への帰属意識の醸成
 ・職務横断的なコラボレーション(協働)が可能
 ・集権的な人件費コントロールが可能

 これらを実現するために、新卒一括採用、職能資格制度、定期人事異動、定年制度などがサブシステムとして構築されました。

 しかし、少子高齢化と安定的高成長の終焉により経営環境は大きく変化しました。そのため、従来の人材マネジメントは経営環境の変化との間にずれを起こし、企業の人事管理にさまざまな課題を生んでいるのです。

 これまでも、賃金カーブのフラット化や成果主義の導入、「職能給」から「職務給・役割給」への転換といった改革が実施されてきました。しかし、これらの改革も、根本には「人に仕事をつける」発想を基準とするメンバーシップ型を根本に維持したものであるため、うまく機能しませんでした。そこで、根本的に発想を「人に仕事をつける」から「仕事に人をつける」へと転換し、ジョブ型の人事制度を日本社会に導入することで、グローバル競争やAI・DXといった変化に対応しようとしているのです。

 

経団連の提言・コロナ禍におけるはたらき方の急激な変化

 もともと顕在化していた構造的な課題に加えて、「ジョブ型」がこれほどまでにホットトピックとなったのは、日本経済団体連合会(経団連)の提言が影響しています。

 2019年、経団連の中西宏明会長が「1つの会社でキャリアを積んでいく日本型の雇用を見直すべき」と提言しました。

さらに、2022年度の「経営労働政策特別委員会報告」では、2021年度よりもジョブ型雇用について踏み込んだ方針をまとめ、「導入・活用の検討が必要」とも報告しています。このことから、社会的に日本型雇用の見直しを進めていくべき潮流がうかがえます。
 さらに、コロナ禍における急速な働き方の多様化も見逃せません。リモートワーク時の業務管理の難しさ、メンバー間のコミュニケーション不足などの さまざまな課題が生まれ、働く時間や場所にとらわれず、より個人の役割が明確である「ジョブ型」にスポットが当てられました。

 

事例から見るジョブ型人事制度のメリット

 ジョブ型人事制度を取り入れた企業の事例から、ジョブ型人事制度のメリットを探ってみます。

 

KDDI株式会社

  ジョブ型の長所と自社らしさを活かす

 2020年7月、KDDIは、「新働き方宣言」の策定とともに、はたらいた時間ではなく成果や挑戦および能力を評価し、処遇に反映することを目的とした「KDDI版ジョブ型人事制度」の導入を発表しました。これは、日本の人口減少による携帯市場の飽和と強力な競合の登場という逆風のなかで、持続的成長を実現するための決断でした。
 「KDDI版ジョブ型人事制度」は、ジョブ型の良さとKDDIの強み、KDDIらしさをハイブリッドにした制度で、人事制度も通信事業仕様からのフルモデルチェンジを行っています。専門能力の高さに加え、KDDIの強みである「人間力」も評価の対象とされます。この人間力の定義は、2000年の合弁以降ずっと大切にしている「KDDIフィロソフィー」を元にしたものです。
 通信事業で成功した従来のリソースに加え、さまざまな専門性を持った多種多様なプロ人財を異業種から受け入れることと、社外からのDXへのニーズの高まりによる事業領域の拡大とともに社員一人ひとりが活躍するフィールドをも拡大させることで、KDDIの持続的成長を実現したいという思いがあります。

 

富士通株式会社

  トップダウンのグローバル共通人事制度でDX企業に加速

 「IT企業からDX企業」への変革に取り組む富士通では、2020年4月から国内グループの管理職1万5000人を対象にジョブ型人事制度を導入しました。

 富士通では、既に海外でジョブ型人事制度を導入していたものの、各地域で人事制度が統一されておらず、グローバルに展開するプロジェクトにおいてスピードダウンしてしまうという問題意識を持っていました。

 ジョブ型人材マネジメントのフルモデルチェンジへ改革の舵を切るにあたっては、社長から本部長に直接思いを伝える場を多くつくり、なぜジョブ型人事制度へチェンジするのか、何度もセッションを行うことで、現場の理解を深めています。

 ジョブ型人事制度の導入により、グローバルに戦っていくための優秀な人材がモチベーション高くはたらき、化学反応が起きるプラットフォームを提供することを狙っています。

 

J.フロントリテイリング株式会社

  ジョブ型を先行導入、「人財力」重視の人事運営に

 大丸や松坂屋の百貨店事業を中核に、PARCOや不動産事業、クレジット金融事業などを展開するJ. フロントリテイリングは、2000年、百貨店ビジネスの業績悪化をきっかけに職能資格制度からジョブ型制度に移行しました。

 移行以前の同社では、職能資格が一定の等級まであがるとマネジャーという資格が与えられる仕組みだったため、「マネジャー」とネームバッジを付けた人が売場に4人も5人もいたものの、本当にマネジャーの役割をおこなっているのは1人だけ といった状況もありました。遂行している職務内容と支払っている処遇がアンバランスになっていました。

 職務の変更にともない、給与が大きく減額となった人もおり、従業員の受け止め方はかなり厳しいものだったと言います。しかし、これらの改革により会社の業績や業務の生産性は大きく改善しました。

 同社は、2021年3月から「人財力に基づく人事運営」をスタートしています。個々の従業員の「人財力」にスポットを当て、採用から配置、育成、評価、処遇に至るまで常に人財開発を中心に据えた人事運営を行うことで、ビジョンの実現につながる組織風土、企業文化の刷新を目指すものです。

このように、20年にわたり、自社とその時々の経営環境に合う人事制度を構築しているのです。

 

ジョブ型人事制度を構築する基本的な流れ

 ジョブ型人事制度を構築する際は どのように進めるとよいでしょうか。

ステップ1 ジョブ型人事制度の適用範囲を検討する

ジョブ型人事制度は、新卒一括採用といった日本特有の仕組みとは根本が異なるため、すべてのメンバーをジョブ型人事制度に切り替えるためには大きな負荷が伴います。そのため、すべてのメンバーにジョブ型を導入するのではなく、管理職はジョブ型に、一般社員はメンバーシップ型に、というようなハイブリッド型人事制度を構築している会社もあります。

 

ステップ2 ジョブ・ディスクリプションで職務を記述する

 制度の骨子をまとめたら、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を活用して全職種の職務を洗い出し、記述します。このとき、ステップ1で定めた職種だけでなく、全職種で行いましょう。

 記述する内容は、例えば以下のような項目です。

 職種・職務名・職務等級

 職務概要・具体的な職務内容・各職務のウェイト(重み付け)

 期待されるミッションと目標

 組織との関わり方

 直属の上司・部下、責任・権限の範囲

 雇用形態、勤務地、勤務時間など

 必要とされる知識・スキル・資格

 待遇・福利厚生

 全職種を記述するには多大な手間がかかりますが、避けては通れない工程です。ただし、詳細に作りすぎると問題が生じる点に注意が必要です。難しいさじ加減ですが、なるべく内容をコンパクトにまとめ、経営環境や時代の変化に合わせて変更・修正が容易になるような柔軟性を確保しておく必要があります。

 職種を記述する方法には、従業員自身が自分の職務を書き出す「記述法」と上司がヒアリングする「面接法」などがありますが、最も本質的なことは、求めるミッション(役割や目標)やタスクを明確にすることです。

 なお、「ジョブ型といえば、ジョブ・ディスクリプションを導入しなくてはならない」「採用は職種別にするべきだ」とステレオタイプに思い込んでいる方もいるかもしれません。しかし、ジョブ・ディスクリプションや職種別採用は、人材マネジメントの目的を達成するためのツールにしか過ぎません。そのため、全社的な人事戦略と人材マネジメントの観点から、運用負荷が高すぎる場合、ジョブ・ディスクリプションを導入しないという決断も可能です。

 

ステップ3 記述した職務を評価し、価値を測定する

 ステップ2で記述した全職種の職務を、社内における仕事の重要度と市場における価値から評価し、職務の価値(ジョブサイズ)を測定します。

職務評価の方法は、大きく「直観法」と「要素比較法」に大別されます。

直観法
 各職種について、意思決定者が総合的な見地から感覚的に判定・序列化するものです。

 直観法では、手間やコストを大幅に省くことが可能である一方、社員への説明責任を果たしにくく透明性にも欠けます。さらに、意思決定者が個々の職務を熟知していることが前提となるため、適用が限られています。

要素比較法
 職責を「求められる知識と経験」「問題解決」「達成責任」などの要素に分解して評価し、職務価値を点数としてはじき出す方法です。

 評価者は、ジョブ・ディスクリプションなどに記述されている内容をもとに、基準に照らしてその職務のレベルを判定します。

 

ステップ4 職務価値(ジョブサイズ)を等級に分ける

 ステップ3で定めた職務価値(ジョブサイズ)を勘案し、職種別に数段階の等級に区分します。このとき、職務価値(ジョブサイズ)の刻みが細かすぎると柔軟な異動を阻害する要因となってしまいます。かといって、粗すぎるとジョブ型人事制度としての意味がなくなってしまいます。そのため、異動が頻発する層などを見きわめ、その層については柔軟な異動を阻害しないように等級を括るというような配慮が必要です。

 

ステップ5 職務と賃金を紐づける

 最後に職務へ等級に応じた賃金を設定します。

 このときの賃金の根拠は、自社の報酬基準ではなく、市場が形成する相場にすることがジョブ型人事制度では不可欠です。

 日本は、新卒一括採用を基本とした採用と年功序列的な報酬制度を続けてきた結果、欧米と比べても相場報酬の情報が乏しいという特徴があります。しかし、競争優位を持つ採用のためには、業種別・職種別の報酬相場を踏まえた報酬額の設定が不可欠です。

 

ステップ6 記述した職務内容を、適切な頻度でメンテナンスする

 職務を詳細に記述することで、ミッションやタスクが明快になり、評価時にもエラーが起きにくくなる一方で、経営環境や時代の変化に対応しにくくなるといった問題も生じます。エンジニアなど日進月歩の技術進化で変更する頻度が多い職種であれば、書き直す頻度も増えるからです。

 ジョブ・ディスクリプションは、一度作ったまま放置をしないことが大前提です。適切な頻度でメンテナンスできなければ形骸化し、ジョブ型人事制度であることの意義が失われます。職務記述書のメンテナンスは、少なくても低頻度(5年に1度程度以下)にならないように注意しましょう。

 なお、ジョブ・ディスクリプションは、導入時は人事が現場をよく知る部門に働きかけて作る場合が多い。しかし、一度作成した後にメンテナンスしていくのは現場です。責任所在を明確にするだけでなく、人事担当者から現場担当者に徹底を促すことで、適切なメンテナンスが実現し、ジョブ型人事制度の真価を発揮します。

 ジョブ型ありきは本質を見失う。目指すべきは人材マネジメントが経営戦略・事業戦略の実現を支えるために進化することです。

ジョブ型人事制度に対する不安や懸念を恐れ、旧来型の日本型雇用から脱却できずにいては、未来が限られたものになってしまいかねません。欧米型をただインストールするのではなく、日本独自の強みや叡智を最大限に生かせるように、ジョブ型のエッセンスを巧みに取り入れて自社に根付かせていくことが必要です。

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