資源ベースの戦略論

ポーターの競争戦略論は、ポジショニングを基軸とする考え方である。業界や市場を詳細に分析し、自社をどの業界にポジショニングするのか、さらに業界や市場の中で自社をどこにポジショニングするのかなどを決定していく。

1980年代に入ると、ポーターの競争戦略論に代表される企業外部環境(産業・業界)に関する分析から、競争優位を構築する理論展開と共に、企業内部の経営資源や能力による競争力への影響に焦点をあてる理論研究が始まった。戦略形成の視点が企業の外部環境から内部環境に移り始めたのです。

企業が保有する経営資源の独自性に着目し、また他社による模倣が困難な経営資源を有することが、持続的な競争優位性を構築するのに最も有効であるとする考え方が現われたのである。

ハメルとプラハラードは、個々の企業に存在する独自の中核的能力(コア・コンピタンス)こそが当該企業の価値創造の源泉となるとしている。さらに、バーニーは、「持続的競争優位を左右する要因は、所属する業界の特質ではなく、その企業が業界に提供するケイパビリティである」という立場に立っている。彼らの理論は、企業を経 営資源やケイパビリティの集合体と捉える「資源ベースの戦略論(RBV:Resource-Based View)」と呼ばれている。バーニーは、企業が保有する「経営資源の異質性」と模倣困難な経営資源もしくは模倣に膨大なコストを必要とする経営資源の存在という、「経営資源の固着性」に着目し、このような特性を有する経営資源が ごく限られた企業によって所有される場合、その経営資源は競争優位の源泉となりうるとする。

このバーニーの考えを特徴づけるものとして、競争優位の源泉を企業の内部資源に求め、企業の保有する経営資源やケイパビリティが企業にとっての強みか弱みかを分析するための「VRIO フレームワーク」がある。これは、企業が従事する活動についての ①経済価値(V:value)、②稀少性(R:rarity)、③模倣困難性(I:imitability)、④ 組織(O:organization)、に関する問いかけによって示される。  

 ①経済価値に関する問いは、「その企業が保有する経営資源やケイパビリティは、その企業が外部環境における脅威や機会に適応することを可能にするか」で、うまくいけば経済価値があるとみなされるが、それが広く普及している経営資源やケイパビリティであれば、競争優位の源泉とはなりえず、競争均衡の源泉にとどまることになる。

②稀少性への問いは、「その経営資源を 現在コントロールしているのは、ごく少数の競合企業だろうか」で、経済価値のある経営資源やケイパビリティが稀少性を保有するかぎり一時的競争優位がもたらされることになる。

③模倣困難性に関する問いは、「その経営資源を保有していない企業は、その経営資源を獲得あるいは開発する際にコスト上の不利に直面するだろうか」で、価値のある稀少な経営資源やケイパビリティを保有する企業の競争優位の持続可能性を決定づけることになる。

④組織に関する問いは、「企業が保有する、価値があり稀少で模倣コストの大きい経営資源を活用するために、組織的な方針や手続きが整っているだろうか」で、組織的な方針や手続きがなくては、自社の保有する経営資源を組織的に有効活用することはできない。

VRIOフレームワークの4つの条件が充足されていくことにより、競争劣位、競争 均衡、一時的競争優位、持続的競争優位へと発展する。すなわち、経済価値を創造し、稀少で模倣困難な経営資源を組織が有効に活用するならば、持続的な競争優位性の確保が可能となるのです。

 

すなわち、資源ベースの戦略論(RBV)の考え方の中核となったのが、VRIOフレームワークとコア・コンピタンスという二つの概念です。また、マッキンゼーの「7S」、トム・ピーターズらのベストセラー「エクセレント・カンパニー」(1982年)が組織の重要性を指摘し大ベストセラーとなります。さらに、「リエンジニアリング革命」「タイムベース競争戦略」、野中郁次郎先生の「知識創造の経営」と続きます。
 このように、1990年代はバーニーを中心人物とするリソースベーストビューが台頭することになり、ポーターのポジショニング派とバーニーのリソースベーストビュー派の論争は激化していきました。

 

 

資源ベース理論の拡張

 

資源、知識、そして能力へ

 

資源ベース理論は、1990年から2000年代をかけて着実に進化していった。それは、資源から知識、そして能力へという議論の進展である。

 資源が重要であるという前提のうえで、いかに資源を手に入れ、どうやってそれを環境変化に合わせて組み替えるのか。より動的に変化を続ける企業の実態を説明するために、何が企業を変化や進化させるのか。その解明が続いている。

 資源ベース理論を紹介する際、多くの教科書では、手に入れるべき資源の評価軸として「VRIOフレームワーク」を紹介している。これは、「Variable(価値があるか)」「Rare(希少性があるか)」「Inimitable (模倣困難か)」「Organization (組織と適合性があるか)」、という4つの指針の頭文字である。多少の違いはあるにせよ、こうした特性を持つ資源に一定の競争優位の源泉があることに異論はない。

単に資源を手に入れればよいのではない。その企業の異質性(独自性)を向上させる資源をできるだけその企業に固着するように手に入れる必要がある。それによって競争優位はより高まり、またより長く持続する。

 特に、評価される傾向が高い資源は有形資源より無形資源である。有形資源は市場で交換しやすいため競合にも入手しやすく、また産業構造の変化や技術革新によって価値を失いやすいと考えられるからである。異質性が高く固着しやすい資源は何かと考えると、市場では容易に手に入らず、その企業が持つ無形の独自性に価値を見出すのは自然であろう。

 その考え方を前進させ、最も根源的で特殊な資源として「知識」を重視する議論がある。その代表は「知識ベース理論」と呼ばれる。他の資源を再編し、それを組み合わせる知識と それを編集する仕組みこそ企業の競争優位の源泉であり、ひいては企業の存在価値であると考える。

 また、「能力」が重要であるとする考え方も存在する。これは「ダイナミック・ケイパビリティ」とも呼ばれ、企業の中に存在するさまざまな資源を再構築する能力こそ企業の競争優位の源泉であり、持続的な競争優位につながると考える。

 知識ベース理論もダイナミック・ケイパビリティも、資源ベース理論に対する最大の反論を持ってして成長した。産業構造が不安定であり、技術革新の速い経営環境では、たとえ一時期には価値を持っていた資源も、すぐにその価値を失うのではないかという批判である。すなわち、手に入れるべき資源とは、実務家が通常「資源」と聞いて想像するようなものではない。資源を手に入れるための 知識、プロセス、人材、ネットワーク、能力、それらを総称した「何か」である。そして、その「何か」を探求することが内部環境理解の最前線なのである。

 依然として、その「何か」の正体については、統一的な見解は導かれていない。しかし、1つ明らかなことは、世界的な競争と急速な技術進化にさらされる現代においては、多くの産業で競争力を持つ「資源」が単純な生産設備や土地建物だけではないということである。

 

 

企業は競争優位をいかに手に入れるか

 では、そのうえで、競争優位を生む資源を どうすれば手に入れることができるのか。これにもいまだ統一的な答えは示されていない。

 その研究に関する方向性も実にさまざまである。人材ネットワークがつくり出すソーシャル・キャピタルや、経営幹部の事業機会の認識に影響を与える認知心理学的な特性に踏み込んだ議論もある。より先進的なものでは、脳神経科学の知見を用いる研究や、遺伝子科学の知見を応用しようとする議論も存在する。しかし、そのいずれも決定的な答えには至っていない。

 

内部環境を通じて いかに競争優位を得られるかに関して統一的な答えは存在しないが、広く知られる考え方はいくつか存在する。

競争力を生み出す知識をどう生み出すかに関して、知識ベース理論で最も体系的な理論化を行ったのは、一橋大学の野中郁次郎名誉教授であろう。1994年に彼が発表した「A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation」では、「SECIモデル」と呼ばれる知識創造のスパイラルを説明し、世界中の注目を浴びた。この論文は、企業内で知識が形成され、共有され、進化するための理想的なプロセスを理論化したものであり、それは4つのプロセス、「共同化」「表出化」「連結化」「内面化」からなるとした。

 同じ場所で共通の経験を積み重ねることで知識を共同化する。そこで共同化した知識を対話や表現を通じて表出化する。そして、表出化させた知識を他の知識と連結化することで商品やサービスとして具体化する。さらに、具体化された実践を振り返り、そこから得た学びを内面化する。最後に、内面化された知識を共有することで共同化させる。この連鎖によって企業は知識を深耕していく。すなわち、「組織構成員の知識の共有の仕組み」こそが知識獲得の最適な手段であると論じた。

 このモデルに対しては、企業内部の知識創造を重視し、企業外部からの知識流入が重視されていないという指摘がある。また、暗黙知の共有が難しい、多様性のある国際的な組織では機能させることが難しい可能性もある。そして、組織の知識獲得に関しては数多くの別の研究も進展している。しかし、知識を具体的にどのように獲得するかに関しては、SECIモデルほど完成されたフレームワークは存在しないだろう。

 また、ダイナミック・ケイパビリティの議論においては、2つの異なる潮流が存在する。

 1つは人を重視する流れです。ディビット・ティースがその代表的研究者である。彼の研究では、ダイナミック・ケイパビリティを認知心理学の観点から理論化し、資源ベース理論の知見を取り入れながら、それを最終的に属人的な能力やセンスに帰属させる。その考え方に基づけば、ダイナミック・ケイパビリティ獲得の最適な経路は、究極的には「人材」であり、それを獲得して活かす体制の整備となる。

 もう1つは、組織で日々繰り返される行動のパターン、すなわちルーチィンに着目する考え方です。キャスリン・アイゼンハートがその代表的研究者である。アイゼンハートは、2001年に「シンプル・ルール戦略」という論文を発表している。この論文では、持続的な競争優位を実現するための経営戦略は、組織の方向性を統一する一方で、その柔軟性を担保する「シンプル・ルール」であるべきとする。その考え方に基づけば、ダイナミック・ケイパビリティを獲得するための最適な経路は「柔軟な組織の指針」であり、それによって活性化される人材の柔軟な意思決定と行動である。

 ティースは、企業家精神を持つ個人を議論することで、その個人を活かす組織づくりに目を向ける。アイゼンハートは、柔軟性を担保できる組織制度を検討することから、そこで活かされる個人の自由な意思決定と行動に目を向ける。両者のアプローチの出発点は異なるが、その目指すべき姿には大きな重なりがある。

 それは、個人間だけでなく、知識ベース理論とダイナミック・ケイパビリティの2つの潮流の間でも同様である。SECIモデルに示される知識創造のスパイラルは、ダイナミック・ケイパビリティとも解釈しうる。反対に、ダイナミック・ケイパビリティが意図するものは、知識という言葉で表すことができる無形資源と言えるかもしれない。

 依然として、資源を活用してどう競争優位を得ていけばいいのかという問いに関しては、統一的な答えが存在しない。しかし、確かなことは、この知見を現代に活かすためには、より広い定義で「資源」を捉え、それを絶えず組み替え、刷新し続ける作業が求められるということである。

 

 21世紀を迎え、経営戦略を巡る議論は新たな局面に突入した。 世界市場を舞台とした寡占企業間の競争を分析することや、急速な成長を収めた新興企業の研究から、ポーターの立論に対しても、また、バーニーの立論に対しても疑問の声が生まれてきた。

 第1に、たとえば、インターネットの成長で無数に生まれた寡占市場での競争戦略を分析するに当たり、産業構造の分析でもなく、企業内部の資源や知識や能力でもなく、限られた寡占企業間によるゲームや策略に基づく駆け引きが重要である可能性が認知されてきた。寡占市場における競争は、限られた企業による相互の読み合いと、各企業の行動に対する それぞれの反応が競争の行方を左右する。こうした企業の行動を理解するには、絶えず移り変わる市場や資源の分析から議論を進めるよりも、競合間の直接的な関係を論理的に読み解くことから議論を進めるほうが、より明確な示唆を得られることがある。

 第2に、短期間で急成長し、そして市場を席巻するまでに至ったいくつかの企業の戦略構築が創発的であること、すなわち、事前に立案された計画や長期的な事業計画に必ずしも基づいていないように見えたことも重要である。こうした企業は既存の延長線上からの戦略構築ではなく、あるべき姿の探求から新しい競争のあり方を提示していった。そのため、自社のコア・コンピタンスを知ることや産業構造の変化をつかむことでは、なかなかこうした特異点的な成長をつかむことはできない。

 この2つの流れを背景として、まず第1の流れから、ゲーム理論やマーケットデザイン、行動経済学やリアル・オプションの考え方が注目を浴びることとなる。次に、第2の流れから、仮説指向計画法、デザイン思考、リーンスタートアップ、ストーリーによる戦略構築、オープン・イノベーションといった創発的な経営戦略につながる考え方が数多く登場した。そしてこれらが、既存の考え方を さらに磨き込む系譜とともに、現代の経営戦略の議論の最前線を担っている。

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