イノベーター理論とキャズム

イノベーター理論

イノベーター理論とは、スタンフォード大学のエベレット・M・ロジャース教授が、1962年、「Diffusion of Innovations」で提唱した理論になります。

例えば、iPhoneやお掃除ロボットなどの新しい商品が市場に投入された際、消費者の商品購入への態度により、社会を構成するメンバーを5つのグループへと分類したものです。

 

・イノベーター(革新者):2.5%

・アーリーアダプター(初期採用者):13.5%

・アーリーマジョリティ(前期追随者):34.0%

・レイトマジョリティ(後期追随者):34.0%

・ラガート(採用遅滞者):16.0%

 

 

イノベーター(革新者)

イノベーター(革新者)は、新商品や新サービスを最初期に購入したり採用したりする層です。

特徴としては、情報感度が高く、新しいものへの好奇心が旺盛なこと。商品の良し悪しよりも「目新しさ」「最先端のもの」であることを重視します。

イノベーターにとっては、市場の価値観よりも自身の価値観の方が重要です。自らが「欲しい」と思えるものならば、コストをかけることも厭いません。

市場全体では、約2.5%がこのイノベーターに該当するといわれます。

 

アーリーアダプター(初期採用者)

流行しそうなものに注目し、積極的に取り入れたいと思っているのがアーリーアダプターです。

常にアンテナを張り巡らせているためトレンドには敏感で、「よい」と思ったものは自ら外に発信します。

他の消費者への影響力が大きく、いわゆる「インフルエンサー」「オピニオンリーダー」になる人の多くは、この層です。

商品やサービスをより広く展開する上で、アーリーアダプターをいかに取り込むかは非常に重要なポイントとなるでしょう。割合でみると、アーリーアダプターは市場全体の13.5%ほどです。

 

アーリーマジョリティ(前期追随者)

流行にはそこそこ敏感に反応するのが、市場の34%を占めるアーリーマジョリティです。

ただし、流行に乗り遅れまいとする一方で、新しい商品やサービスの採用には慎重になる傾向があります。

アーリーマジョリティの動向は、アーリーアダプターによる影響が少なくありません。

そのため、アーリーマジョリティを攻略するには、アーリーアダプターをいかにうまく取り込むかが重要です。

また、「目新しさ」だけでは動かないのも、この層の特徴。製品やサービス導入によるメリットや信頼性をきちんとアピールできないと、アーリーマジョリティへの普及は困難です。

 

レイトマジョリティ(後期追随者)

新しい商品やサービスには懐疑的なのが、市場の34%を占めるレイトマジョリティです。

この層は、新商品やサービスが普及しはじめてもすぐには受容しません。周囲の大多数が受け入れる状況に至って、ようやく導入を検討します。

この層にアピールするには、「大多数が購入している」という安心感を与えることが重要です。

 

ラガード(遅滞者)

最後まで新商品やサービスの導入に慎重なのが、市場の16%を占めるラガードです。この層にとって「新しさ」は魅力ではなく、不安の材料でさえあります。

ラガードにまで新商品やサービスを普及させるには、それらが日常生活に溶け込み「ごく当たり前のもの」となるまでは困難です。

 

「2.5%のイノベーターと13.5%のアーリーアダプターに製品・サービスを普及させることで、自社製品の爆発的普及が可能となる」と定義しておりイノベーションの普及に欠かせない理論でもあります。

 

イノベーター理論の普及率は、プロダクトライフサイクルの成長期に大きな影響を与える要素でもあるため、しっかりと理解しておきましょう。

 

 

キャズム理論への理解

キャズム理論とは、「イノベーションが生み出した画期的な製品・サービスについて、投入された初期市場で成功しても、主戦市場のシェアを拡大するまでに さまざまな制約や条件により消滅する危険性がある」、とする経済理論の一つです。キャズム理論は、それら消滅への警告と消滅防止のためのアプローチの必要性を唱えた理論として知られています。

 

キャズム理論では、イノベーター理論と密接な関係で、「アーリーアダプター(13.5%)とアーリーマジョリティ(34%)の間に普及を妨げる溝(キャズム)が存在する」としており、この溝をいかに克服するかを重視しています。

プロダクトライフサイクルも同じ流れを汲んでおり、顧客を分析するキャズム理論と併用することで、マーケティングアプローチの精度を高める効果が期待されています。

 

 

普及率16.0%の論理とキャズム

市場に投入した商品が売れるかどうかについて、ロジャースはイノベーターとアーリーアダプターの割合を足した16.0%のラインが重要だと提唱しています。

普及率が16.0%に達すると、商品はブームとなり、需要が一気に加速するということになります。そのため、オピニオンリーダーであるアーリーアダプターが商品普及の鍵を握ると主張しました。

同様に、ムーアは、イノベーターとアーリーアダプターで構成される初期市場と、アーリーマジョリティやレイトマジョリティによって構成されるメインストリーム市場との間には、容易に超えられない大きな溝(Chasm:キャズム)があることを主張しています。

キャズムを越えるためには、アーリーマジョリティに対するマーケティングを積極的に行わなければなりません。

 

 

アーリーアダプターからアーリーマジョリティへの移行は困難

キャズムは、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間に存在するといわれます。

イノベーター、アーリーアダプターへと順調に普及したとしても、その先のアーリーマジョリティに受け入れられなければ、メインストリーム市場でブレイクする可能性はほぼありません。

初期市場の中で他の商品に埋もれ、やがては消えていくでしょう。

一方、アーリーアダプターからアーリーマジョリティへと広がった商品やサービスは、「キャズムを超えた」ということです。

今後、アーリーマジョリティからレイトマジョリティへと普及し、メインストリーム市場で受容される可能性は高くなります。

 

初期市場とメインストリーム市場のニーズは異なる

アーリーアダプターとアーリーマジョリティのニーズの違いが、キャズムを生むといわれます。

イノベーター理論の5つの層のうち、イノベーターとアーリーアダプターを併せた16%は、サービスの「新しさ」に注目します。

「新しいものをいち早く持ちたい」「誰も知らないものを持ちたい」というニーズが購入を決めるきっかけの一つです。

一方、アーリーマジョリティやレイトマジョリティは、「新しさ」を重視しません。

彼らの購入のきっかけとなるのは「他の人も使っている」という安心感。商品やサービスを使うことで得られるメリットを具体的に示し、「損は無い」と判断してもらうことが大切です。

「キャズムを超えられなかった」という製品やサービスの多くは、こうした両者の違いを理解しうまく活用できなかったことに起因すると考えられます。

 

キャズムを越えるための7つのポイント

 

1 現状を整理

キャズムを越えようとする場合、現在どういった状況にあるのか整理することから始めましょう。

イノベーター理論が分類する5つのタイプの消費者の特徴を把握したうえで、自社製品の普及過程について、初期市場もしくはメインストリーム市場のどの段階に位置するのかを確認することで、キャズムを意識した対策を検討しやすくなります。

 

 

2 ターゲットを絞り込む

キャズムを越えるには、現状を整理したうえで、狭い市場にターゲットを絞り込むことが望ましいと考えられています。

いきなり人やお金が多く集まるような巨大な市場を対象とするのではなく、まずは「利用者が少なく、動くお金も小さいが、明らかに課題・問題がある」といったニッチだけれどニーズはハッキリしている狭い市場をターゲットにします。そこで徐々にシェアを伸ばし、その市場のNo.1になるという手法を採用すると良いでしょう。この方法には時間や根気が求められるものの、狭い市場からシェアを着実に拡大していくことで、将来的にキャズムを超えることにつなげられます。

なお、ターゲットの絞り込みに関して、ジェフリー・ムーア氏は、「複数の市場セグメント(グループ)を同時に追い求めてしまうと、キャズムを乗り越えられない」と述べています。キャズムを越えるには、1つの市場セグメントにターゲットを絞り込んだうえで、シェアの拡大を目指すことが望ましいです。

 

 

3 アーリーマジョリティ向けのアプローチ

キャズムを越えるための対策の一つに、アーリーマジョリティ向けのアプローチも挙げられます。アーリーマジョリティは、初期市場からメインストリーム市場に到達する際の第一段階であり、このタイプの消費者に製品を普及させることが、キャズムを越えることにつながります。

アーリーマジョリティは、アーリーアダプターの口コミやレビューに影響を受ける傾向にあります。そのため、人気ブロガーやソーシャルメディア上のインフルエンサーなどに働きかけて、ブログコンテンツ・YouTube動画・SNSコンテンツ(例:Facebook、Twitter、Instagram)などを提供する戦略が効果的です。

このとき、「すでに流行が始まっていること」「製品を採用するメリット」「流行に乗り遅れることに対する恐怖感」などのポイントを意識して訴求を行うと、製品の普及につながります。

 

 

4 ユーザビリティを高める

製品のユーザビリティ(使いやすさ)を改めて高めていく意識が、キャズムを超えるうえで

大切になります。ユーザビリティを尊重し、さらに向上させていく施策が、キャズムを超えるきっかけとなるのです。

キャズムが存在する初期市場からメインストリーム市場への転換期では、安心感が製品の価値として重視されるようになります。消費者に安心感を与えるには、製品のユーザビリティを向上させて、「使っていてストレスがない」「簡単に使いこなせる」などの体験をしてもらうことが大切です。

例えば、ユーザーインタフェースの見直し・アンケートやインタビューによる改善点の把握などを行うことで、ユーザビリティの向上を図ると良いでしょう。

 

 

5 ホールプロダクトを用意

「ユーザビリティを高める」施策と関連して、「ホールプロダクトを用意する」施策も重要です。ホールプロダクトとは、日本語で「完全な製品」を意味します。

製品の機能で「顧客が企業の製品に対してお金を払うことで期待する機能」と「実際に企業が提供できる機能」との間には、ギャップが常に存在します。企業としては、顧客の満足度を向上させるために、補完サービスや補助製品を加えた、完全な製品(ホールプロダクト)を生み出すことが求められます。いわば、ホールプロダクトとは、顧客が求めているものの現在はまだ存在していない「幻想」に近い製品です。

 

ホールプロダクトは、以下の4つの要素で構成されます。

コアプロダクト(企業が提供する製品)

期待プロダクト(製品に対する顧客の期待や要望から形成される製品)

拡張プロダクト(顧客がその製品を購入した目的を満たすことのできる製品)

理想プロダクト(あらゆる機能がそろい、すべての要望を満たせる製品)

当然ですが、初めの段階から期待・拡張・理想のプロダクトをすべてそろえた製品を顧客に提供することは不可能です。そのため、将来にかけてホールプロダクトをいかに構築し提供していくかを顧客に提示し、実際にその約束を果たしていくプロセスが重要であると考えられています。

 

 

6 先進性を強調

キャズムを越えるにあたって、製品のリリース直後に力を注ぐべきポイントとして、先進性の強調が挙げられます。

初期市場(イノベーター・アーリーアダプター)では、モノの目新しさや最先端技術など先進性の高い製品や技術に多くの関心が集まりやすいです。この初期市場を攻略できれば、メインストリーム市場に向けて新たな製品の普及を拡大していくことにつなげられます。

 

 

7 口コミを広める

キャズムを越えるうえで、メインストリーム市場(特に、第一段階であるアーリーマジョリティ)の攻略は必要不可欠です。メインストリーム市場の消費者は保守的で、「他に使用している人はいるのか」「製品を採用するメリットはあるのか」などを疑う傾向があり、新たな製品の採用に慎重な姿勢を取っています。

とはいえ、周囲の人の口コミに強く関心を持つ傾向にあることから、メインストリーム市場でどのように口コミを広めていくのかが、キャズムを越えるためのポイントの1つだといえます。

ただし、前述のとおり、アーリーマジョリティは「他者が使用しているかどうか」を判断材料の一つとして製品を採用することを決めるため、市場全体の16%というわずかな割合のイノベーターとアーリーアダプターの口コミのみでは、製品の採用に踏み出してくれない可能性があるのです。そこで、キャズムを越えるためには、「口コミが少ない状況においてアーリーマジョリティに製品を使用してもらい、そこで得た口コミを他のアーリーマジョリティに広める」という手段を講じることが効果的です。これを実現するために取られる施策の例としては、アーリーマジョリティをさらに分解したうえで、「この消費者に価値を提供できれば、競合に勝てたり、口コミが広がったりする可能性がある」という領域を見つけ出し、そこにリソースを注いでアプローチを行うことです。

 

 

キャズムを超えた成功事例と失敗事例

 

ネスカフェ・アンバサダー

ネスカフェ・アンバサダーは2012年に販売されたネスレのコーヒーメーカー「バリスタ」を販売する仕組みです。

ネスレは「バリスタ」をオフィスに普及させるために「アンバサダー」と呼ばれる人々を募集し、機械代は無料でコーヒー代だけでオフィスに設置できるようにしました。

アンバサダーは「アーリーアダプター」にあたります。アーリーアダプターであるアンバサダーやその周りの人々は安価な値段で「バリスタ」の良質なコーヒーを体験できました。その結果、アンバサダーの口コミや実際に機械を体験することで「バリスタ」は広がっていき、シェアを獲得できるようになったのです。

このとき、メインストリームへの波及できるようになった要因は、メインストリームの人々に「アンバサダーの口コミ」や「実際の体験」といったことで安心感を与えられたことです。

また、バリスタの高いユーザビリティもこの成功に一役買ったと言えそうです。

 

 

メルカリ

今でこそ飛ぶ鳥を落とす勢いのメルカリですが、もちろん初めからそこまでの利用者数がいたわけではありません。

当初は、UI/UXを改善するという地道な努力を積み重ね、ユーザーが使いやすいプラットフォームにすることでユーザー数を徐々に獲得していきました。そして、アプリが200万ダウンロードされたところで大規模にCMを打ち、一気にキャズムを越える信頼感とお手軽さのイメージを消費者に植えつけたのです。結果として、メルカリはフリマアプリの人気調査では軒並み一位を獲得するほどの莫大なシェアを獲得しました。

 

 

お掃除ロボット”ルンバ”

ルンバは、日本市場投入後、多くの改良点を日本市場から取り入れました。海外製のハイテク製品は故障対応や修理などの不安がつきまとっていました。その窓口を一元的に運営し、フィードバック情報をアイロボット社に提供して、より日本市場に適合した製品に仕上げているのです。ルンバは、「自動掃除機」というキャッチフレーズが使われています。このキャッチフレーズを使用し始めた2004年からユーザー層が変わっていきます。それまではロボット好きのマニア層に支持されていたのに加えて、家庭において主に家事を担っている女性層が購入意思決定をするようになりました。その後、高齢世帯や30代共働き世帯に裾野が広がっていきました。単純な興味ではなく、実利を重んじる層が購入し始めたのです。「イノベーター=マニア」から、「使える家電」としての効用・実利を評価して購入するアーリーアダプターである、先進的な主婦層に購入層を広げていきました。そして、主婦層の口コミによってキャズムを超えて爆発的なヒットになっています。

 

 

キャズムを超えていくためには、アーリーアダプターへのアプローチが重要となりますが、更に爆発的な普及を目指すためには、市場浸透の役割を担うアーリーマジョリティに対するアプローチも非常に重要となります。

 

 

失敗事例:日本の電子書籍端末

現在電子書籍といえば海外資本の会社が主流です。しかし、日本でも1998年頃には出版社とハードメーカーが連合し、電子書籍の団体を作り上げたこともありました。

国内有名メーカーがオリジナルの電子書籍端末を発売するなどしましたが、いずれも普及の前に撤退。

端末の使い勝手が悪かったこと、著作権のトラブルで書籍の数が増えなかったことなど、さまざまな問題が噴出したためです。

日本の電子書籍端末は、最初期には「目新しさ」で注目を集めました。しかし、「安心感」や「メリット」をアピールしきれなかったことで、メインストリーム市場までは攻略できなかったのです。

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