範囲の経済

 「範囲の経済」とは、今やっていることに加えて、さらに別のことを同時にすれば より効率的な状況です。「相乗効果」に似た概念と言えます。

 事業の多角化からシナジーを生み出すことで、単位コストの低下を図ることを指しているわけです。

 規模の経済性と近い概念ですが、規模の経済性が単一事業に対する考え方であるに対し、範囲の経済性は複数事業に対する考え方である点が異なります。範囲の経済性を生み出す要因は「経営資源と固定費」の共有です。経営資源の多重利用とも言い換えられます。

 「規模の経済」は、あくまでもひとつのことをより大きな規模で行う時に使いますが、「範囲の経済」は、別々の複数のことを同時に行うことを言います。医薬品を開発していれば、食品や化粧品など別のことにも応用が効きますし、食品や化粧品などで培った知見が医薬品にも生きる可能性があります。これは、医薬品ひとつだけに集中していた時よりも開発が効率的なので、効用が大きい(=良い)と言えます。

 同業ではなく、関連したビジネスを次々と買収するソフトバンクや日本電産のような企業が範囲の経済性を追求している企業です。

 企業が複数の事業活動を行った際に、それぞれ独立して事業を行っていたときよりも、より経済的な事業活動が可能になる状態のことです。1つの事業所などで複数の事業や製品を製造することによって、製品1単位当たりのコストが逓減する効果と言えます。ノウハウやブランドの様な無形財の相互活用や、輸送や設備の共有などの有形財の相互活用により、経済性が発揮される効果です。

(例)

  ・自動車部品の製造工場で船舶や航空機の部品製造をスタートする   

  ・紳士服の裁縫工場で女性服の裁縫もスタートする   

  ・美容室の空きスペースや時間でネイルの施術をスタートする など

範囲の経済において発生する2つの効果

コンプリメント効果

範囲の経済において発生する効果の1つがコンプリメント効果です。コンプリメント効果は相補効果と呼ばれ、1つの企業が持つ資産を複数の事業で活用した結果として生まれるプラスのことです。

製造業においては時期によって使わない設備がある場合、新たな製品の製造に遊休設備を活用することで企業全体の生産性を高めることができます。製造業以外でも農業で小麦と米の二毛作を行う、夏季の間はスキー場をキャンプ場として活用するなどにも、コンプリメント効果を期待することが可能です。

シナジー効果 

範囲の経済ではシナジー効果も期待できます。例えば、従来は店舗で商品を販売していた企業がEC事業を始め、インターネット販売にも進出する場合は売上のシナジー効果が期待できます。また、BtoBでビジネスを展開していた企業が同じ領域でBtoCの事業を行う企業をM&Aで買収することにより、消費者に対するブランディングにおいてシナジー効果を発揮することもあるでしょう。

 「相乗効果」と『範囲の経済性』の大きな違いは、経済的であるかどうかと言われ、相乗効果が複数の事業を行うことで「効果が大きくなる」、という少し曖昧なものであったのに対して、『範囲の経済性』は、コスト低減などの経済的なメリットがある状態を指します。

 範囲の経済性は、自社のコアコンピタンス(複数の事業で活用できるノウハウ等)を活用し、より経済的な運営を目指す企業にとっては欠かすことのできない概念となります。

 また、現在参入している市場(業種)の競争環境が激しく、自社の経営資源では市場シェアの拡大(規模の経済の享受)が難しい場合には、無理に規模の経済性を追求することよりも、コスト削減策として既存の事業で培ったノウハウを活かす事ができ、かつ、競争がそれほど激しくない市場・業種へ範囲の経済性を求めた方が効果的である場合もあります。

 既存事業での自社の立ち位置や経営資源の保有状況、新たな市場の可能性などを含め、慎重に事業の方向性を検討することとなります。

範囲の経済のメリット

コストの削減

範囲の経済によって期待できるメリットの一つがコスト削減です。

製造業においては、複数のグループ企業で別々の事業を行うよりも、1つの企業に設備を集約して事業を推進する方が資産を無駄なく活用でき、グループ全体でのコスト削減につながります。1つの企業に設備を集約することによって、新規の設備投資を抑え、管理にかかるコストも削減することができるでしょう。

また、製造業の場合は物流コストの削減も期待できます。複数の拠点で物流施設を管理するよりも、1つの拠点で複数の製品を発送する方が納期管理もしやすくなり、物流の効率も上がるでしょう。

副産物の産出

範囲の経済にはコスト削減以外のメリットもあります。複数の事業を営む場合、顧客のネットワークや口コミ、物流網といった経営資源を得ることができます。これらは範囲の経済によって発生する副産物といえるでしょう。

例えば、高価格帯の衣類を売るアパレル企業において、一般大衆向けのブランドを立ち上げることによって幅広い範囲に認知されターゲットとなる市場が広くなります。

ブランドバリューの共有

既にある市場で一定のブランド力がある場合は、新たに事業を立ち上げた際にも知名度がある状態で事業をスタートできるため、ゼロから事業を立ち上げる企業に比べて優位になります。有名人が飲食店の経営を始めるケースを考えてみるとわかりやすいでしょう。既に別の分野で培った知名度やブランド力を新規事業の立ち上げで活用し、事業拡大のスピードアップを図れることも範囲の経済がもたらすメリットです。

範囲の経済の注意点

資産全てが有効活用できるわけではない

範囲の経済では1つの企業が複数の事業を営むことで、その企業が持つ資産を有効活用できるというメリットがあります。しかし、事業同士の関係性が薄い場合は既存の資産を生かせないことがあります。

例えば、従来は製造業を主力事業としていた企業が飲食業に進出したとしても既存の工場や設備は役に立たず、新たに店舗を立ち上げる必要があるでしょう。また、この企業の知名度が既に高かったとしても、飲食店としては新興であるとみなされ、ブランド力を生かせない可能性があります。既存事業と関連性の薄い事業を展開した場合は、範囲の経済によって必ずしもビジネスが順調に進むわけではないことに留意しましょう。

幅を広げすぎると資産も分散してしまう

会社の規模に見合わないペースでの事業拡大はむしろマイナスの効果となります。事業拡大には新たな人材の採用、設備投資が不可欠であり、もしこれらに多額の費用がかかる場合は、範囲の経済によって得られるコストメリットを打ち消してしまうでしょう。新規事業を検討する際は、コストの見積もりを入念に行い、自社の財務状況、金融機関からの信用などを踏まえて身の丈に合った形にする必要があります。

範囲の経済の事例

Amazon

今や知らない人はいないとさえ言えるほどの巨大ECサイト「Amazon」ですが、実はこのAmazonも範囲の経済を活かして事業規模をどんどんと拡大させてきた企業です。

もともとAmazonは、ネットを介して本を売っているありふれたECサイトでした。

ただAmazonは本だけに囚われることなく、今後の事業展開を見据え、多くのコストをかけて物流倉庫やシステムを構築してきたのです。

そして、環境が構築できたところで、本以外にもさまざまな商品に手を出し、事業を拡大していきました。

このように、Amazonは、本を売るための設備投資をしつつ、同時に事業拡大の準備を行っていたのです。

Amazonには、もともと本を売るために使っていた仕組みやノウハウ、顧客名簿などがあったため、ほかの商品を売るときにもそれらを活用することで範囲の経済が働きます。

その結果、新規事業をどんどんと成功させ、Amazonは今日の巨大ECサイトへと成長していったのです。

富士フイルム

「富士フイルム」は範囲の経済を活かし、主力商品の衰退という危機的な状況を脱することに成功しました。

富士フイルムは、もともとカラーフイルムを主力製品としており、「写ルンです」(使い捨てカメラ)という大ヒット商品を販売していた企業です。しかし、デジカメの登場によって業界が一気に冷え込み、企業存続の危機に陥ってしまいました。そこで富士フイルムが行ったのが多角化経営です。

さまざまな新規事業に手を出し、衰退していくフイルム事業からの脱出を図ったわけですね。

そしてこの多角化経営において、富士フイルムは範囲の経済を活用しました。

富士フイルムは自社が持っていたフイルムに関するノウハウを活かせる事業に新規参入し、それぞれの事業がシナジー効果を生み出すような状況を作り上げたのです。その結果、富士フイルムはデジタルカメラ、プリント関連だけでなく、医療品や化粧品などの業界にも参入し、成功を収めました。

富士フイルムは現在、「多角化経営を成功させたお手本のような企業である」とさえ言われています。

セブン銀行

大手コンビニエンスチェーンであるセブンイレブンに設置されている「セブン銀行」も、実は範囲の経済が働くことで成功しています。

店舗の一角に当たり前のように設置されてあるセブン銀行ですが、実はかなり大きな収益をあげていることをご存じでしょうか?

今でこそコンビニエンスストアで24時間お金を卸せることが当たり前になっていますが、セブン銀行が登場する前は、夜間や土日にお金を卸すことができないキャッシュカードも数多くありました。

「24時間お金を卸せるATMがあれば便利なのに」という大きな需要が放置されている状況だったのです。そこで、セブン&アイ ホールディングスは、24時間営業であり、日本全国に店舗が存在しているという状況を活用して、金融業界に参入しました。

もともとあった24時間営業の店舗に、24時間取引できるATMを設置するだけで、かなり大きなシナジー効果を生み出すことに成功したのです。

このように普段使っている店舗やサービスの利便性が格段に増したな、と感じたときには、実は裏側で範囲の経済が働いているということも少なくありません。

カルピスバター

アサヒ飲料の子会社である「カルピス株式会社」が販売している「カルピスバター」という商品についても、実は範囲の経済が活かされています。

カルピスを作るときの工程で牛乳から乳脂肪を分離するとき、脂肪分(クリーム)から製造されます。その脂肪分を利用して作られたのがカルピスバターです。

脂肪分を無駄にしない、という意味でも範囲の経済であると言えますが、さらにカルピスというブランド力を利用することで、通常のバターの2倍ほどの値段がするにも関わらず多くのシェフに愛用されています。

もちろん、なめらかで味が良いという理由もありますが、やはりもともと持っていた乳酸飲料の王様とも言うべきカルピスのブランドイメージによるところが大きかったと言えるでしょう。

このように、ブランドイメージが範囲の経済として効果的に働くケースもあります。

シャープのマスク

2020年のコロナ禍において、電機メーカーであるシャープがマスク製造を開始して大きな注目を集めました、実はあれにも範囲の経済が働いています。

電機メーカーとマスクと言われても、一見関連性がないように思われるかもしれません。

しかし、この2つには大きな共通点がありました。それが、製造過程におけるクリーンルームの必要性です。

シャープはもともと半導体や精密機器を取り扱っていたため、埃が入らないクリーンルームを備えてしました。そして、クリーンルームは、質の良いマスクを製造するためにも必要だったのです。シャープは、もともと持っていた工場設備を利用して、まったく別の業界であるマスクの製造、販売に数百億円規模で乗り出したわけですね。

このように、もともと持っていた設備やノウハウを活かすことでも、範囲の経済は生み出されます。

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