1986年(昭和61年)改正の公的年金制度

 高齢化が進行することによる将来の給付の増大への対応が大きな課題であったが、それ以上に国民年金の25年保険料納付の老齢年金の支給開始が差し迫った課題であった。前者に対応するのが期間比例の給付体系の是正であり、後者に対応するのが基礎年金による制度の一元化と財政調整であった。

 前者は給付水準の凍結を図るものであり、制度の成熟化に伴う加入期間の伸長を給付水準に反映させない仕組みを考案し、誕生年による給付単価と給付乗率を導入した。つまり、40年加入のフルペンションの所得代替率の上昇を抑制し、一定化を図ったわけである。そのような抑制は厚生年金の定額部分と報酬比例部分の双方に適用されたが、基礎年金という概念を導入することにより、加入期間に関係しない均一年金が市民権を得ることができ、定額部分の給付水準をより低額の基礎年金に凍結することが正当化されたわけである。

 

基礎年金改革の不徹底性(自営業者等の定額保険料制の維持)

 基礎年金改革により、日本の公的年金制度は『皆年金』体制を維持しながら、均一の最低保障年金を基礎にして、被用者年金は報酬比例年金を上乗せするという 2階建て年金体系に再編成され、国民年金は給付、負担ともに一元化されたと言われる。しかし、実際は基礎年金費用の不徹底な財政調整を行ったに過ぎない。皆年金体制の維持、2階建て年金体系は妥当な構想であるが、従来の国民年金(基礎年金)の改革は不十分であったと言わざるを得ない。

 1つ目の問題点は、基礎年金の創設と言いながら、旧国民年金の仕組みを土台として、社会保険方式を維持し、しかも、厳格な期間比例主義給付体系を継承したことである。本来、フルペンションの給付水準が老後生活の基礎的な費用を賄うとすれば、均一年金が望ましい。もし、何らかの理由で減額されれば基礎費用を賄えなくなるからである。ところが、公的年金は、一方で社会全体が連帯し互いに支え合う制度であるとしながら、他方で国民が働いて得た収入のなかから保険料を納めるという自助努力を果たす制度であるとし、保険料が将来の年金に結びつくという形で、自律と自助の精神に立脚した制度であるために、社会保険方式が適切であるとする。したがって、ここでは社会連帯原理よりも自律・自助原理が優先されているといえる。しかし、なぜ基礎年金において自律・自助原理を優先させる必要があるのか。被用者年金では、2階部分は自律・自助原理を求めてもよいが、1階部分はむしろ社会連帯原理を求めることができるので、基礎年金においてこのような目律・自助原理の強調は問題のあるところである。確かに、自営業者や農林漁業者は1階部分のみであるので、被用者年金制度のように2つの原理は役割分担できないが、その1階部分に自律・自助の原理のみを強調すると社会連帯原理は行き場を失う。基礎年金の財源を被用者年金と共同負担するのであれば、むしろ基礎年金は社会連帯原理を基本とすべきであった。

 2つ目の問題点は、第1号被保険者における相互扶助、所得再分配機能の欠如である。国民年金の各被保険者・各制度の保険料の算出方法についてみると、基礎年金の給付費用は各被保険者1人当たりで平等均一に負担することを大原則に、基礎年金費用総額をまずは 第1号被保険者グループと厚生年金および各共済組合に加入者(第3号被保険者を含む)数に応じてそれぞれ按分する。次に、按分された金額から国庫負担を除いた金額をそれぞれの制度の保険料賦課の方法で個々の被保険者に賦課する。ただし、第1号被保険者は個々に国民年金に保険料を納付するが、厚生年金および各共済組合は個々の被保険者の負担分を計算して個々に納付するのではなく、各制度からまとめて総額を国民年金の基礎年金勘定に拠出する。したがって、被用者年金では、第3号被保険者は収入がないので保険料を納めず、第2号被保険者が納付した保険料総額からまとめて拠出される。つまり、第3号被保険者の保険料は、各制度内で職に就き収入のある第2号被保険者によって連帯して支えられていることになる。ところが、第1号被保険者は収入の有無にかかわらず定額の保険料が賦課され、収入のない者(妻)の保険料は世帯主(夫)が納付するだけで、社会的な支え合いは行われないから、所得再分配は行われない。  

 3つ目の問題点は、第1号被保険者の保険料が定額または均一制である点である。定額保険料は自営業や農林漁業者の所得捕捉の困難さのゆえに、やむを得ない選択肢であったのであろうが、保険料が高額になるにつれ、免除、未滞納、未加入者が増え、制度を空洞化させ、将来に無年金者や低年金受給者を生ぜしめるという問題だけではなく、不足する保険料を被用者年金制度の負担に転嫁させているという問題を引き起こしている。制度間の助け合いは必要であるが、第1号被保険者に関わる制度的な欠陥を国民年金とは別の被用者年金制度が、経営努力に関与する余地もないのに、無条件にカバーさせられることは、安易な責任転嫁である。国民各層の所得の正確な捕捉は、国民における公正化や公平化の基礎であり、社会保障の一元化もそれなくしては新たな不公平をもたらす原因となる。

 4つ目の問題点は、基礎年金は婦人の年金権の確立の第一歩を踏み出したが、個人単位化の意味が不明瞭なまま、国民年金制度発足以来そのまま放置されていることである。基礎年金改革により、第3号被保険者も含めて年金権が個々に付与されたのは前進であるが、被用者年金の報酬比例部分については、被保険者本人の専属の年金である点は変更されなかった。また、基礎年金の給付水準についても、個人単位化が形式的に引き継がれ、単身者と夫婦世帯の給付水準は単純に1対2倍 に設定された。そのような給付体系は、共通経費を認めないので生計費の実態に適合せず、単身者の給付水準の過小か夫婦の過剰のいずれかを招く。社会保険方式が拠出に比例する給付を原則とするので、単身者と夫婦における 保険料と給付が同じく2倍というのは私保険原理である。

 社会保険制度であっても、所得再分配機能を組み込むことは可能であるが、国民年金で所得再分配が困難であるのならば、社会保険方式とは異なる財源調達方法を検討することもできたはずである。

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