競争戦略の時代 1980年代

ハーバード・ビジネス・スクール教授のマイケル・ポーターは、プリンストン大学で航空工学を学び、ハーバード・ビジネススクールを経て、ハーバード大学経済学部で博士号を取得。そのときの博士論文「ファイブ・フォース分析」が話題になり、以後、その名声を高めていく。

ポーターは、ポジショニングを重視し、儲けられる市場を選び、かつ、競合に対して「儲かる位置取り」をしていないと、どんなに努力してケイパビリティを磨いても無駄と説く。そして、「究極、自分たちは何で戦うのか、どんなポジションを目指すのかを明確にする」(トレードオフ)ことを迫った。

 

 

1970年代に迎えた経営戦略論の進化と停滞

1970年代初頭、オイルショックの余波を受けたことで、米国のみならず世界経済が停滞期を迎えることになる。それは、特に多角化が進展した米国企業の事業再編のうねりをつくり出した。そして、1970年代を通じて、BCGマトリックスが前提とするような ポートフォリオ管理を中心とした経営戦略の流れが実業界へと浸透する。

 その流れを受けた学術界は、リチャード・ルメルトの研究に代表されるように、いかなる多角化が収益性を高めるのかを科学的に検証する段階を迎えた。しかし、市場そのものの成長が停滞を始めると、複数事業のポートフォリオを検討する戦略的意思決定よりも、その産業内でどのような競争戦略を取るべきかに関する知見が必要とされるようになる。

 同時期には、「プロセス型戦略論」とも呼ばれる実践の意思決定を通して次第に形成される戦略のあり方の探究も進んだ。ヘンリー・ミンツバーグは創発戦略を提唱しており、1970年代前半からその形成プロセスの探究を続けていた。

 ただし、それも、戦略計画を立案して実行するために確立された「分析型戦略論」を代替するものにはならなかった。経営者がどのように行動すればよいかの具体的な答えを提示できなかったからであろう。明確な分析のプロセスをテンプレートとして提示した「分析型戦略論」に対して、プロセス型戦略論は、個別具体的な事例紹介にとどまることが中心であった。創発的に形づくられる戦略は、その特性も形成過程もそれぞれが個性的であるため、参考にはなるにせよ、答えを提示するものではなかった。

 1970年代の経営戦略の主な発展は、計画立案のプロセスを体系化して細緻化することであり、アンゾフの立論を深耕するのが議論の中心であった。アンゾフ以降、その主張を裏付けるべく実証研究が進み、また、実務家が参考にできるより細緻な工程表、それぞれの分析や立案手法の具体的な解説が着実に蓄積されていった。ただし、それらは、あくまで1つの流れの延長線上にある理論であり、すでに議論の大枠は固まっていたといえる。

 ここに旋風を巻き起こしたのが、当時30代を迎えたばかりの気鋭の経営学者、ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授である。

 時代を席巻したポートフォリオ経営と分析的な経営戦略の立案は、1970年代の後半にはその限界を露呈しつつあった。当時の経営者が求めていたのは、魅力的な事業領域を選択することより、むしろ選択した事業領域でいかに競争に打ち勝つかに変化し始めていたからである。

 経済全体が成長していた時代には、より成長可能性が高い産業を選択することが重要であった。市場成長を素早く見出し、適切な投資によって経験曲線効果を得ることで、競争に勝利できたからである。これは、競争に負ける可能性が高い事業から撤退し、成長が期待できる新領域に投資する便益のほうが大きかったからともいえる。それが、1970年代後半以降、経済全体の成長が停滞する状況下では、単にポートフォリオを組み替えるだけでは経営が立ち行かなくなる。一つひとつの産業をより細緻に分析して理解することが必要となり、その産業構造の理解に基づき、自社の打ち手を検討する必要性が生まれてきた。こうした時代の要請があり、ファイブ・フォース分析は一躍注目を浴びたのです。

 

 

ファイブフォース分析

5つの力の個々または総合的な強さを分析することで、業界における競争関係の特性を決める決定的な構造特徴を明らかにすることができるとしている。

・新規参入の脅威

・既存企業間の敵対関係の強さ

・代替製品またはサービスの脅威

・バイヤー(直接顧客または最終顧客)の交渉力

・サプライヤー(供給業者)の交渉力

 

 

「ファイブフォース分析」で儲けられる市場を選べ

経営戦略論の歴史において、ポーターが残した業績が数々ありますが、その功績を経営ツールという形で選べば、

1.ファイブフォース分析
2.戦略3類型(コストリーダーシップ、差別化、集中)
3.バリューチェーン

となります。1. 2. が『競争の戦略』(1980年)で世に送り出され、3. が『競争優位の戦略』(1985年)で発表されました。

 

1979年に発表した論文において、個別産業における競争優位の形成について、業界構造分析(five force analysis)を通じて、適切な基本戦略、すなわち、「差別化」「コスト・リーダーシップ」「フォーカス」という3つの戦略を採択し、業界内で競争優位を獲得するポジションを見出すことが可能であるという考えを示した。これらの著書において、競争戦略の体系的なの理論を提供した。以降、ポーターの考え方に基づく競争戦略や競争優位に関する研究が数多く生まれました。

 

ポーターは、競争戦略に関する議論の出発点として、BCGマトリックスを批評し、その不足を指摘している。1979年、彼が初めて「ファイブ・フォース」の概念を提示した『ハーバード・ビジネス・レビュー』の論文で、産業の収益性(すなわち、事業領域としての魅力度)とは、BCGマトリックスが暗示するように、事業ライフサイクルで決定されるのではなく、5つの競争要因で決定されると主張する。そのうえで、経験曲線は参入障壁であっても競争戦略にはなりえないと批判した。多くの企業が経験曲線効果を追い求めるがあまり、市場シェアをめぐって目の前のライバルに集中しすぎている。その結果、より重要な競争要因となる顧客や供給者との交渉力、新規参入や代替品の脅威を忘れがちであると説いたのです。

 この論文は、BCGマトリックスを代名詞とする 機械的な事業環境の評価に対するアンチテーゼだと言える。1980年代の幕開けが近づき、市場全体の成長が緩やかになると、企業経営の焦点は市場全体の成長による果実を得ることから、市場構造を理解し、競合との競争に勝利することに移り変わっていった。市場そのものの成長が望めないなか、競合との競争に勝利しなければ利益を得ることができなくなりつつあったのです。

 

 

「ファイブフォース分析」が外部環境分析ツールとして威力を発揮しましたが、ポーターは「ポジショニング」を重視しました。

彼の「ポジショニング」とは、

経営戦略の目的は企業が収益(利益)を上げることである
そのためには、「儲けられる市場」を選ぶことが大事である
かつ、競合に対して「儲かる位置取り」をしていないと、どんなに企業努力を重ねてもムダである

上記②の「儲けられる市場」であるかのリトマス試験紙として、「ファイブフォース分析」が用いられることになります。「PLC戦略」のように、市場の将来や顧客の変遷を教えてくれるわけでも、「経験曲線」のように競合のコスト構造を推定してくれるわけでもありません。

 

ポーターは、ミクロ経済学(ビジネス経済学)を修め、徹底的に企業の目的、存在価値は「儲けること」を追求することであると、とことん割り切って競争戦略を論じます。

 しかし、その後、その反動が出たのか、「共有価値創造:CSV(Creating Shared Value)」ということを言い出し、「自社の独自資源と強みを、社会が抱える課題に照らし合わせ、新しい製品やサービスによって解決する」という趣旨のことを主張し始めます。

 

ファイブ・フォース分析で、まず「儲けられる市場を選べ」。次に その市場で自社を「儲かるポジション」に位置付けろ、ということをコンペテーターとの相対的関係性の中で示しました。自社の市場における位置付けが決まれば、自社が採るべきポジショニングもたった1つに定まる と言い切ったのです。これには、実務家、学者ともに大いに受けることになりました。

 

まずは、「ファイブフォース分析」で戦うべき(儲かる)市場を1つ選定した後、その市場の中で、全体を相手に戦うか、それとも自社が有利になりそうな市場の一部(ニッチ)のみを対象として戦うかの選択を行います。後者を「集中戦略(Focus)」と呼びました。前者の全面対決の方策としては、究極の2択しかない と言い切ります。「コストリーダーシップ戦略(Cost leadership)」か「差別化戦略(Differentiation)」かのいずれかです。

集中戦略では「勝てるところで勝つ」ということに徹底してこだわります。そして、「勝つ」ためには、何を勝利条件とするか、企業間競争の「目的」を明確にするところから始まります。一定のシェア確保なのか、利益の拡大なのか、新規参入企業の追い落としなのか、そうした「目的」と「集中」は、ナポレオンの戦い方を徹底的に研究したクラウゼヴィッツが記した「戦争論」や「ランチェスターの第2法則」で明確化されます。それを経営戦略に明示的に導入したのがポーターなのです。

 

コストリーダーシップ戦略では、全社的な低コスト体質を徹底的に利用します。競合より低コストを実現した分を、顧客に還元して低価格のプライシングを提示し、価格競争で優位に立ってもよいですし、マージン(流通粗利)を厚くして、チャネル(卸や小売り)を囲い込んだりする原資に活用します(例:フォードのT型フォード)。

 

差別化戦略では、顧客に対する付加価値の高さで競います。例えば、アップルは最後発として携帯音楽プレイヤー市場に乗り込み、高品質(高音質ではない)高価格のiPodで市場を席巻しました。製品機能、販売形態(チャネル)、決済手段(販売金融、分割払い、従量課金など)、アフターサービスなど、競合他社が簡単に模倣できない価値を消費者に提示することで勝負します。

競争市場を選び取ったり、その中で全面競争かニッチ戦略かの選択を迫ったりする姿勢は、コトラーによるマーケティング理論、「市場細分化論(セグメンテーション)」「STP理論」
に通じるものがあります。

「コストリーダーシップ戦略」は、BCGの「経験曲線理論(市場シェアを獲得してコストを下げる)」に通じるものがあります。

この三拍子で、ポーターの「ファイブ・フォース分析」「戦略3類型」は一躍競争戦略論の主流となり、彼は経営戦略論における「ポジショニング派のチャンピオン」と称されるまでになりました。

 

 

バリュー(Value)

バリューとは、組織が大切にしている(あるいは、大切にすべきと考えている)「価値観」を指す。バリューは、組織メンバーが意思決定を行なう際の判断基準となり、日々の業務における行動指針となる。例えば、「チームワーク」というバリューが根付いた組織では、個人プレーよりも、チームメンバーが一致協力して達成した成果の方が評価される。「弛まざるイノベーション」というバリューが根付いた組織では、既存製品の売上げを死守することよりも、新製品の開発や新市場の開拓にチャレンジすることが奨励される。「人類の幸福に貢献する」というバリューが根付いた組織では、例え高利潤であっても、環境破壊や不正に繋がりかねない事業に手を出すことは厳に否定される。バリューは組織文化とも深い関連があり、組織文化の根底を成す。

 

『競争優位の戦略』(1985年)で、「バリューチェーン(Value Chain)」が初登場します。バリューチェーンは、企業の諸活動を5つの主活動と4つの支援活動の9つに分類します。ファヨール(フェイヨル)の『産業ならびに一般の管理』(1979年)やマッキンゼーの「ビジネス・システム」(1980年)にも通じるものがあります。

 

主活動
  購買物流
  製造オペレーション
  出荷物流
  マーケティングと販売
  サービス

 

支援活動
  調達活動
  技術開発
  人的資源管理
  全般管理(インフラストラクチャー)

 

上記の整理は、「ERP:Enterprise Resources Planning(基幹系情報システム)」のモジュール体系とも重なりますし、「BPR:Business Process Re-engineering(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)」の対象領域選定の拠り所にもなっています。

 

 

企業の各部門の諸活動を、「価値創造の連鎖」として一表にまとめ上げた「バリューチェーン」は、その抜群のネーミングセンスにより、今でも色褪せずに立派に通用しています。ポーターは、ここで初めて市場における企業の位置取りとしての「ポジショニング」ではなく、企業の内部活動に目を向けます。その目的は、「いかに高業績を持続させるか」。企業の中長期の持続的成功のためには、「ポジショニング」だけでは不足で、そのポジショニングを維持するための「よい(儲ける)企業能力(ケイパビリティ)」が必要であると。

現代ビジネスでは、「ポジショニング派」VS「ケイパビリティ派」という対立構図で捉えがちですが、ポーターは、あくまで「ポジショニング」実現の補助手段として「ケイパビリティ」を捉えていました。

ポーターは、「ケイパビリティ」を全く無視していたわけではく、「ポジショニング」によって「儲かる位置づけ」を得た企業がその優位性を持続させるためのひとつの方策として、「バリューチェーン」による企業プロセスの管理に着目したのです。

 

5つの競争要因から企業における競争のあり方を紐解いたファイブフォース分析や、3つの基本戦略、バリュー・チェーンといった概念は、現実の企業経営への応用が可能である事から、一気に企業に広まっていきました。

同じ頃、日本企業はアメリカの大企業の地位を脅かす大きな存在となっていた。飛躍的に競争力を高めた日本企業に対し、アメリカの鉄鋼・電機・自動車・半導体などの産業は急速に衰退し、同時にアメリカは不況の時代を迎える。そんな中で、アメリカは日本的経営の積極的な研究を行い、製造工程における生産性重視の考え方、組織内部からの戦略立案方式、ジャストインタイムなどの考え方などなど、その長所をアメリカ版にアレンジした形で取り込んでいくようになる。経営戦略の面でも、日本企業の戦略行動パターンを研究したコア・コンピタンスや、日本発のナレッジマネジメントと言った組織内の知識をいかに活用して競争優位を作り出していくか、という議論が活発となってくる。

従来のSWOT分析やポーターのファイブフォース分析といったポジショニング・アプローチでは、魅力的な産業の発見と業界内でのポジショニングの確立に留意し、戦略実行に必要な資源や能力は戦略策定後に、必要に応じて外部から調達するという考えに立っている。

一方、資源依存型経営戦略理論においては、あくまで自社の持つ経営資源(ヒト、モノ、カネ、知識、情報、ノウハウ)をベースに戦略を形成する。リソース・ベースド・ビューやコア・コンピタンス、SECIモデル、学習する組織など、近年になって発表される概念は自社内の有形・無形の資産を有効活用しようとする傾向が強いと言える。

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